お父さん大好き
必要事項の聴取は終わった。
宇佐美梢の母親は、夫に支えられながらフラフラと会議室を出ていく。
被害者の両親が去った後、会議室に残ったのは父子二人のみ。
他の人間の耳がないことを確認してから、和泉は被害者、宇佐美梢の身許について聡介に明かした。
「警備部の……堤部長の、娘……?」
「ええ、間違いありません」
「そうか……」
「捜査本部は立つでしょうか?」
「おそらく、な。課長の判断によるが……そういうことなら、おそらく非公式にだろう。何しろ被害者の身許が身許だけに、あまり大騒ぎになっても困る」
「そうですね……」
今は父親が異なっているとはいえ、元をたどれば警察幹部の娘だ。
マスコミがこの件を嗅ぎつければおそらく、面白おかしく、それこそ警察学校の中にまで踏み込んでくるに違いない。
その時、和泉のスマホが震えた。
堤部長からメールだ。
今、県警本部の執務室にいるから来て欲しいと。
「聡さん、実は……堤部長には僕からこの件を報告したいんですが。一緒に来ていただけますか?」
「え? なぜだ……」
和泉は堤洋一のこと、その自殺事件について調べるよう依頼されたことを駐車場に向かいながら話した。
つい先ほど、北条からも連絡があり、この件を堤部長へ報告するようにと言われたことも。
聡介はなるほどな、と納得した顔になった。
「だからなのか。堤部長からこないだ急に、お前のことを訊かれてな。信用できる人間かどうか」
「……何て答えたんです?」
「そりゃお前、信頼できる自慢の息子です、って答えたに決まってるだろう」
この人は時々不意打ちで、面と向かってそういうことを言う。
そしてその度につい考えてしまうのだ。
あとどれぐらいの時間、一緒に仕事ができるだろう……?
「ところで。さっきもしかして、周君が現場の近くに来ていなかったか……?」
廿日市南署を出てすぐ、聡介が言う。
「ええ、来てました」
「……女の子が一緒だったよな?」
「それが何か?」
和泉はジト目で父を睨む。
「いや、別にだから何だって訳じゃないが……あの子はやっぱり、持ってるんだな……って」
「そうですね、名探偵の素質ありですよ」
面白くないので、さっさと話題を真面目な方に変えることにした。
「実を言うとこれで、同じ教場から3人の死者が出ました」
「……」
「1人目は自殺、2人目は事故、そして3人目は……れっきとした殺人です。しかし僕が思うに……すべての事件は一本の線でつながっている。誰かの意思によって」
聡介は驚いている。
だが、異論は一切挟まなかった。
車が広島市内に近づくにつれ、段々と父の表情が暗くなってきた。
「……どうしたんです?」
「部長がどんな反応をするか、想像しただけでな……」
そうだろう。
彼もまた2人の娘を持つ父親なのだから。
継父は連れ子を快く思っていなかったようだが、実の父親はきっと可愛がっていたに違いない。
短い期間だが、宇佐美梢を観察していた和泉は、そう考えた。
それに。考えてみれば堤部長は息子と娘、いずれをも亡くしてしまったのだ。
以前、北条が言っていたことが頭に甦る。
『子供に先立たれるのは親にとって、何よりも辛いことなのよ』
直に一ノ関や西岡の遺族に会い、事情を説明した彼だからこそ言えることだ。
滅多にないことに、和泉の胃がチクリと痛んだ。
警備部長の執務室に到着した。
ドアをノックし、反応があってから重厚な扉を開く。
日曜日だというのに、堤部長は制服に身を包んで待っていた。
「……すまないね、呼びつけたりして」
「いいえ。先日ご依頼のあった件に関し、調査結果のご報告に伺いました。そして、もう一つ……」
「梢のことだろう?」
こちらよりも先に、堤部長の方が話し出した。
「さっき、腹心の部下から連絡をもらった。親バカだと笑ってくれてかまわない、私は、妻と別れてからもずっと……彼女が娘を連れて家を出ていってからも、梢のことを気にしていた。時々、様子を報せるようにと……」
聡介は既にもらい泣きでもしそうな顔をしている。
「とにかく、洋一の方を先に聞かせてもらえるか」
「結論から申し上げます」
和泉はなるべく事務的、かつ冷静に聞こえるよう、口調に気を遣った。
「息子さんは自殺で間違いありません。数人の同期生に話を聞きましたが、全員口を揃えて言いました。決して、虐待やイジメなどはなかった……と」
そうか、と警備部長はただそう答えただけだった。




