法医学教室の事件ふぁ……
いる?
反射的だったとはいえ、失敗だった。
なんで和泉に電話なんかかけたんだろう?
つい、いつもの癖だ。
しかし今、周はそのことを深く後悔していた。
和泉はすぐに規制線をくぐって外に出てきてくれた。そしてなぜか北条も一緒だ。
「あんたたち、なんでここにいるのよ?」
和泉は黙っている。と、いうよりも黙らされている。北条のグローブみたいな巨大な手によって。
「いや、それは……」
いつものテンションで陽菜乃が説明してくれるだろうか、と周は少し期待したのだが、そうすれば少しは場も和む……そんな訳はなかった。
と言うよりも彼女は、どういうわけかボンヤリしている。
「彼女が……水城巡査が急に、宮島へ行きたいからついてきてって頼まれて、それで……なんだっけ、確か……」
言いかけた周の口をなぜか陽菜乃が背後から両手で塞いだ。
「ほんとは2人で海水浴に来たんです!! でも、私が水着を持ってくるのを忘れちゃって。どうしようかな~って悩んでたら、なんかお店みたいなの建物が見えたから、もしかして調達できるんじゃない? って思ったんです」
なんでそんなウソをつくんだ?
はっきり言えばいい。従兄弟の亡くなった場所に花を供えにきた、と。
北条と和泉が無言の内にこちらを見つめてくる。
疑われている、確実に。
「そんなことより。教官達こそ、こんなところで何してるんですか?」
にっこり。
北条が微笑む。
あ、確実に嫌な笑いだ。
すると次の瞬間。
ふわり、と身体が宙に浮く。
いつものお約束で、北条の肩に担がれているのだった。
慣れている周は黙って大人しくしていたが、すぐ傍で陽菜乃はキャーキャー騒いでいる。
「即刻、寮へ帰りなさい」
「え~、まだ門限には早いじゃないですかぁっ!!」
「言うこと訊かないと、罰として校庭の草むしりをさせるわよ!?」
ぽいっ。2人揃ってパトカーに押し込まれた。
「悪いんだけど、この子達を桟橋まで送ってあげて頂戴」
運転席にいた、まだ若い地域課の制服警官が目をぱちくりさせて、わかりましたと答えた。
※※※※※※※※※
一通り聞き込みを終えて、聡介の元に戻って。
じゃあ一旦、廿日市南署で会議。と、思ったら周から電話がかかってきて。
何だろうかと思えば、可愛いハニーはなぜかあの小憎たらしい女子学生と一緒にいて、こんな辺鄙な場所に来ている。
「言いたいことは後でね」
「……花束……」
「え?」
「彼女、花束を持っていました」
ちらりとだが確実に、和泉は水城陽菜乃の手に花束が握られているのを見た。
「あれじゃないの? 今日がどっちかの誕生日か何かで、お祝いに用意したか、渡したか」
「今日は周君のお誕生日ではありません」
「じゃあ、水城の方ね。誕生日に花をプレゼントするなんて、あの子もお洒落なことするじゃない」
本気でそう考えている訳ではないくせに。
人の傷口にわざわざ塩を塗るような推理を展開する先輩刑事を睨んで、和泉はまた考え直した。北条の言うことは脇に置いて、彼女はなぜ花束を持っていたのだろう。
海水浴が目的だった、と彼女は言った。
でも。そうじゃないことは周の態度から明白だ。
なぜ嘘をつく必要がある?
「……それにしても、びっくりしたわ」
北条はやれやれ、と溜め息をついている。
「何がですか?」
「さっき、宇佐美の声が聞こえたかと思ったのよ」
「ガイシャの声ですか……? ものの例えじゃなくて? かの有名な法医学者が決め台詞にしているアレみたいな……」
「生きてる人間の声よ。でも違った……水城の方だったわ」
「……あなたまで幽霊騒ぎに踊らされてるんですか? 北条警視」
和泉は皮肉を込めて北条を見つめた。
「うるさいわね。仕方ないでしょ、声がよく似てるんだから」
「絶対音感の持ち主のクセに……」
「アタシだって、たまには間違えるわよ!!」
はいはい、と和泉は適当に答えた。
彼は少し動揺しているようだ。決して認めたがらないだろうが。
「まさかとは思いますが、彼女……誰かから事件についての情報を聞きつけた訳じゃないでしょうね……?」
「まさか……」
この件はまだ、どこのマスコミも把握していないはずだ。
「今日の当直はどなたです?」
北条は少し考える時間を取り、そうして何かに気づいたような顔をした。
「……また『アタシ預かり』の件ですか?」
それには答えず彼は、携帯電話を取り出した。
そのままどこかへと離れていく。




