危ないので黄色い線の内側にお下がりください
宮島口へ到着した。
電車を降りて改札をくぐった途端、もわっとした暑い空気が襲ってくる。電車の中はエアコンが効いていて涼しかったのだが。
周はネクタイを外して丸め、ジャケットのポケットにねじ込んだ。
「藤江君、こっちこっちー」
陽菜乃は既にコースを決めていたらしい。どんどんと歩き進めていく。
そして。
「実は行きたいところ、もう決めてあるんだ。あ、その前にお花屋さんを探して寄ってもいい?」
マイペースというか何と言うか。この子を嫁にもらう男は将来きっと、何かにつけ主導権を握られてしまうのだろうな……。
宮島口の駅前で花屋を探し、陽菜乃は花束を購入した。それから桟橋に向かう。
ここからフェリーに乗って宮島まではほんの10分程度だ。
宮島に到着すると、陽菜乃は迷わずタクシー乗り場へ向かった。
周はもう、何も言うまいと心に決めた。
「包ヶ浦自然公園の近くへお願いします」
その名称をどこかで聞いたような気がする。
細く曲がりくねった道を通り、タクシーがその場所に近づくにつれ、記憶が甦ってくる。
そうだ。わりと最近、北条に無理矢理連れて行かれた合コンの場所。
あの時は子供の相手をしていたからほとんどまわりを見ていなかったが、意外と敷地が広い。
海水浴場もあるようで、水着を着た男女がウロウロ歩いているのも見えた。
それを見た陽菜乃がさっそくというか、予想通りというか、問いかけてくる。
「ねぇ藤江君。私達も海で泳ぐ? 私の水着姿、見たい?」
「……水難救助訓練の時、いつも見てるから今さら」
「あんなの、水着って言わないでしょ!!」
確かに。
ふと周の頭の中に、北条雪村の鍛え上げられた肉体の図が浮かんだ。
「……」
俺、ひょっとしてヤバいのか……?
1人で焦っている周を他所に、陽菜乃は呑気に笑う。
「なんてね、冗談。用意してないし~」
なんなんだ。
「どこで停めます?」
タクシーの運転手に問われると陽菜乃は、
「もう少し先の、トンネルの方までお願いします」
海岸沿いを進み、アスファルトに塗り固められた県道をひたすら真っ直ぐ東へと向かう。
先ほどちらりと見た案内板によれば、こちら方面には確か何もなかったはずだ。
「……なぁ、どこに向かってるんだ?」
さすがの周も少し不審な気配を感じた。
「……私の……従兄弟が亡くなった場所に、お花を供えに行きたいの……」
「え……?」
「年に何度かしか会えなかったけど、大切な兄……みたいな人だった。だけど彼、3年前に事故で……この近くで亡くなっちゃったから……」
先ほど、陽菜乃が親戚がこちらにいると言っていたことを思い出す。
「だったら初めからそう言えよ」
変な奴……。
周が窓枠に肘をついて、溜め息をついた時だ。
「あ、ここでいいです」
陽菜乃が言い、タクシーの運転手はウインカーを左に出し、路肩に車を寄せる。
料金を支払い、タクシーを降りる。
陽菜乃は無言の内にどんどんと歩き進める。周も黙って彼女の後をついて行った。
およそ付近に何もない場所である。店舗は言うまでもなく、民家すらない。
あるのは目の前に広がる海、反対側は手入れのされていない竹林。すっかり伸びきった雑草が幅を利かせていて、昼間だと言うのに何となく暗い。
それでも海の方には人工的な石段が築かれていたりして、それなりに整備されている。
しばらくは無言で歩いていた陽菜乃だったが、
「……なんか、賑やかだね……」
前方を見て呟く。
周も目を上げた。
数メートルほど行った先にセダンが数台停まっている。
白と黒の車体。パトカーだ。
「……何かあったのかな?」
それから。トンネルを抜けてさらに歩き進めると、約3メートル先から人の話し声が聞こえてきた。
何かあるのだろうか?
海水浴場からは離れており、特にこれと言って見るところもない。それなのに。
近づけば近づくほど、ガヤガヤとざわめきが耳に入ってくる。前方3メートルほどの場所に人だかりができていた。
周は少し背伸びして、何があるのかを確かめようとした。すると。
お馴染の規制線、黄色と黒のあの【KEEPOUT】テープが視界に入ってくる。
比較的年かさの、制服を着た男性が野次馬達をけん制している。自分達の何年ぐらい先輩だろうか。
どうしよう、という顔で陽菜乃が見上げてくる。
「……何かあったんですか?」
周はすぐ近くにいた、明らかに海水浴客と見られる女性に声をかけた。
「よくわからないんですけど、なんか事件があったみたいですよ」
事件?
周はほぼ反射的に携帯電話を取り出し、和泉の番号にかけた。




