つい本音が出てしまいました
そういうことか。
和泉が言っていた『疲れている』と言うのは、神経が参ってしまっている、という意味だったのか。
聡介は2人の遣り取りを見聞きしながら、頭の中でいろいろと思い巡らした。
北条はきっと被害者家族の心情を慮って、なんと説明したらいいのか、そのことでも悩んでいたのだろう。
ああ、そうだ。
これで3人目だ。彼が受け持つ教場の学生が亡くなったのは。
だからなのだろう、深く憂えた表情の理由は。
詳しいことは聞いていないからあくまで想像に過ぎないが、自殺したとされる学生と、事故死したとされる学生の家族には、担当教官であった彼が応対して事情を説明したに違いない。
その際、遺族が彼を責めたかどうかはわからないが、大抵はそうなる。
大切な子供を、信頼して預けたはずなのに!!
この際、理屈は意味をなさない。
聡介自身、過去に何度かそういう経験をしたことがある。とある事件で亡くなった少女の家族を霊安室に案内した後、両親からひどく責められた。
『警察はいったい何をしていたんだ!?』
もし、被害に遭ったのが自分の子供だったら……?
恐らくなりふりかまわず、怒りや悲しみをぶつける相手を探したことだろう。そうでもしなければ、呼吸をすることさえできないほど辛い。
長野課長はそこをわきまえた上で、北条にそう声をかけたに違いない。
自分の知る限り、かつて接してきた他の上官がこういう場面に遭遇したらどういう態度に出るだろうかは容易に想像がつく。
間違いなく『責任の所在』が自分達にはないことを必死になって説明するだろう。
保身。
とにかく、保身。
我々は何も悪くありません。
不幸な事故でした……。
それに比べたら、この人達は。
出会って間もなかった頃は、北条雪村と言う人はとにかく身体も心も強靭で、悪く言えば少し無神経な人なのかと聡介は思っていた。
でも、そんな認識はすぐに改まった。
彼がHRTの、自分の部下を扱う時の様子を観察してみれば。厳しくはあるけれど、決して理不尽な要求はしない。
基本的には優しくて世話好きで、本気で正義を愛する、感情豊かな人だと思う。
それに何より和泉のこと。
昔いろいろあって、あり過ぎて、すっかり心がねじ曲がってしまった息子だが、北条には少なからず心を開いていることがわかる。
2年前に携わった人質立てこもり事件の折り、2人の間にある強い絆を聡介はハッキリと認識した。
和泉はあんな扱いの面倒な男だが、性根の腐った人間には決して懐かない。
仲間は全員、アタシにとって家族なの。
そう言えばかつて、彼がそんなことを言っていたことを思い出す。その範囲、彼にとっての【仲間】はきっと、教え子たちも含むに違いない。
「……アタシも聞き込み、手伝ってくるわ」
「北条警視」
「ガイシャの……遺族への通知は我々に任せてください。あまり、お一人で何もかも抱え込まないように」
「……うん、ありがとう……」
意外と素直だな。
聡介は見えないように、クスっと笑ってしまった。
北条の後ろ姿を見送りながら、長野課長がぽつりとつぶやく。
「ところで。この事件は、怨恨なんかのぅ……?」
「え?」
「聡ちゃん、どう思う?」
「まだ何とも……ただ、行きずりの犯行ではないと思っています」
「ワシもそう思う。さっきここに来るまで、現場の写真を何枚か見せてもろうたけど、着衣の乱れもなかったし、むしろ……丁寧に取り扱われとる印象を受けたんじゃ」
「丁寧に……ですか?」
「なんちゅうかのぅ、この場所に『遺棄』というよりは『弔い』に来た……そんなイメージなんよ」
聡介は驚き、思わずまじまじと長野課長の顔を見た。
「課長……」
「なんじゃ?」
「刑事らしい、まともな発言もされるんですね」




