お前が言うな最前線
「……くん、藤江君ってば!!」
陽菜乃に肩を揺すられ、周は我に返る。
「やだなぁ、冗談だよ。他の学校ならともかく、警察学校でそんな真似をしたらバレない訳ないでしょ? バレたら即刻退校処分だよ」
「そ、そうだな……」
自分達は24時間監視されている。少しでもおかしな真似をしたら、すぐに摘発されてしまうほどに。
陽菜乃は彼女に似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべ、
「もし相手が藤江君だったら、媚薬とか仕込んじゃうんだけどなぁ……」
教官達は誰も、誰かが西岡の飲み物に『何か』を入れているところを、本当に気付いていなかったのだろうか?
あの時、プールサイドには和泉もいた。
まさかあの男が……見逃したりするのだろうか。
いや、と思い直す。授業が始まるよりももっと前、例えば寮にいる時に仕込まれていたら、誰にもわからないのではないか。
途中駅で、周達が立っていた方のドアが開く。地元民と思われる乗客が意外に大勢乗り込んできて、周の思考は中断されてしまった。
そしてなぜか、陽菜乃はまた頬を膨らませていた。
※※※※※※※※※
集まってきた部下達と、所轄の刑事達に周辺の聞き込みを命じたはいいが、目撃情報はあまり期待できないと聡介は思っている。
遺体発見現場は包ヶ浦海岸に間違いないが、海水浴場やキャンプ場など、人のいる場所からかなり離れており、民家はほとんどない雑木林付近である。
ましてこの島にはコンビニがない。
ゆえにコンビニの防犯カメラの映像を解析する、などという手段もとれない。
頼りになりそうなのはフェリーの乗務員だが、夜遅い時間帯に行動しただろうから、暗くてあまり乗客の顔を見ていないと言われる可能性もある。
ただし、恐らくだが犯人は遺体を車で運んだことだろう。
車で宮島に渡る人間は比較的少数だ。
しかし、人が1人分入るようなスーツケースで運んだことも考えられる。
あれこれ考えて頭痛がしてきた。
それにしても犯人はなぜ、ここへ遺体を遺棄したのだろうか。
なぁ、と思わずいつものように和泉に話しかけようとして聡介は我に帰る。息子はつい先ほど仲間の1人と組んで聞き込みに出かけた。
今のところ聡介は、彼らの帰りを待って乗ってきた車の前に立っている。
どうも、じっとして部下からの報告を待つのは苦手だ。長野課長は、そうしろと言うのだが。
『長』のつく者はやたらに動き回らないで、じっとしていろと。
お前が言うな、と言いたいところだが。
北条は何をどう考えているのだろう。
聡介が隣に立つ背の高い刑事をちらり、と見上げた時。
なぜだろう?
綺麗に整った顔に今は翳りが見えている。
「……なぁに? 聡ちゃん」
「いえ、少し……元気がないように見えたので」
北条は苦笑する。
「そうね、柄にもなくセンチになってるかもしれない。なんたって、つい昨日までガイシャの……あの子の元気な姿を見ていたものだから……」
そうだ、被害者は彼の教え子だった。
何と言っていいのかわからなくて、聡介は俯いてしまった。
その時、
「遅ぅなってすまんのー」
長野課長がやってきた。
さすがにいつものふざけた表情はなりを潜め、真剣な顔つきをしている。
「今、周辺の聞き込みをやらせています」
上司は頷き、聡介は報告を続ける。
「犯人がなぜ遺体をこの場所に遺棄したのか、わかりませんが。恐らく土地勘のある人間ですね」
「ほうじゃのぅ。思いつきでこんなところに、わざわざ来たりせんじゃろうな」
すると長野はなぜか突然、身体の角度を変えた。
彼は北条の向かいに立つ。
「……課長?」
やや小柄な課長は、ぷるぷると足を震わせつつ爪先立ちになり、手を伸ばして北条の長い前髪をわしゃわしゃと掻き回す。
何をやってるんだ、この人は……。
「ゆっきー。遺族への対応は、ワシらに任せておけ」
すると北条は乱れた髪を直しつつ、
「政治的配慮ですか? 確かガイシャは……上の、幹部の親族だとか何とか聞いていますけど」
めずらしい。彼がそんな口のきき方をするなんて。
「ちゃうちゃう」
長野は首を横に振る。「そうじゃのぅて。これ以上、ゆっきーに重荷を負わせる訳にはいかん……そういうことじゃ」
北条は苦笑する。
「かないませんね、課長には……」
「ゆっきーも案外デリケートじゃけんね」
「案外は余計です」




