表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/157

コント『初デート』

いや、別にコントじゃないけど……。

 学校の外に出て開口一番、周は思わず文句を言った。

「お前、宮島に行くって……なんで? 初めからそう言っておけよ!!」

「え、なんで? ダメなの?」

「……」


 ダメというより、彼女と一緒にいるところを、万が一にも姉に見られたりしたら……下手をすると義兄に見られたりしたら、即刻和泉の耳に入ることだろう。


 そうなると、もう先の展開は読めている。


『あの子といったいどういう関係なの?!』


 これは和泉だけではない。

 姉もきっとそう尋問してくる。


 どうもこうも、ただ同じ教場の同期生というだけだ。それ以外なんでもない。


 だが、2人とも絶対に納得しないだろう。


 頭痛がしてきた……。


「それより、駅に着いたらちょっと着替えていい? この格好で観光はないよね~」

 陽菜乃がその後も何か言っていたが、周はほとんど聞いていなかった。


 学校の最寄り駅に到着する。

 周は仕方なく駅構内の柱にもたれ、陽菜乃の着替えを待った。


 いっそこのままUターンしようか。

 と、思ったその時だ。


「待たせてごめんね~」

 振り返ると、白い地に花柄のワンピースに身を包んだ陽菜乃が走ってくる。頭には大きめの麦わら帽子をかぶっていた。

 彼女の私服姿を見るのは初めてだ。少しドキっとした。


 それにしても。

 さっきも思ったが、なぜ私服に着替えた今も、マフラーを外さないのだろう?


「なぁ、この季節にマフラーって……」

「え? 何言ってるのよ。これはマフラーじゃないよ。ストールだよ」

「どっちでもいい。暑いだろ、そんなのしてたら」

「暑くないよ。日焼けしたら嫌だから、外せないの」

 今さらだと思ったが黙っておく。日頃、屋外で散々走っているくせに。



 今日は路面電車ではなく、JRに乗ってそのまま宮島口へ向かうことにした。

 日曜日の今日は車内がひどく混雑しており、周達は手すりにつかまってドアの近くに立っていた。


「ねぇ、そういえば藤江君っていつも土日も寮に残ってるよね? 実家、遠いの?」


挿絵(By みてみん)


「……俺に実家はないんだ」

 え? と、陽菜乃は目を丸くする。

「両親はいないし、唯一の肉親も嫁に行ったし……」


 亡くなった兄が買ったマンションは、姉の結婚と、周の入寮を機に引き払ってしまった。思い出の詰まっている部屋でもあったけれど、それだけに辛いのと、周が一人で暮らすには広すぎるという理由からだ。


 卒業後は独身寮で暮らすことになるのだろう。

 そうなると猫を飼う生活ができない……考えたら悲しくなってしまった。


「そう言うお前こそ、実家どこなんだよ?」

 陽菜乃は車窓から遠くを見つめ、ぽつりと答える。

「東京」

「え……じゃあなんで、警視庁に就職しなかったんだ?」

「だって、警視庁はすっごく倍率高いんだよ? それにね、私ずっと広島に憧れていたんだ……親戚もこっちにいるし」

 へぇ、と周は彼女の横顔を見つめた。


「でもね、宮島には……まだ行ったことないから。今日が初めて。鹿がいっぱいいるんでしょ? あと有名なのはもみじ饅頭?」


 ふと、周は違和感を覚えた。

 彼女はいつも元気いっぱいだ。テンションも高い。


 だけどなぜか、今日はどこか無理をしているような気がしてならないのだ。


「……なぁに?」

「いや、なんでもない」


 作り笑い?


 そのことで周は、昨日のことを思い出した。


 寺尾が倉橋に詰め寄って罵声を浴びせかけていたこと。

 友人が力なく笑っていたこと。


 確かに、昨日の大会は幹部の人や、各課の課長クラスも来ていたらしいが。確かに惜敗ではあったけれど、あそこまでムキになる理由がわからない。人生がかかっているとかなんとか、そのあたりも謎だ。


 同時にもう一つ思い出した。

 昼の休憩時、寺尾が彼女に何やら念押ししていたこと。


「なぁ、寺尾と何を約束したんだよ?」

 え? と陽菜乃は目を丸くする。

「寺尾が……何か『忘れるな』とかなんとかって……」


 すると陽菜乃はさっ、と表情を歪める。その様子からは嫌悪感、不愉快、そんな様子しか感じ取ることができなかった。


「藤江君、知ってるかどうか知らないけど……私、高校の頃からあいつに言い寄られてるのよ。ほんと、迷惑だわ」

 その台詞に裏はないように思えた。

「だから、もし剣道の団体戦で優勝できたら、付き合ってもいいって約束したの。どうせ無理だってわかってたけどね」

 暗に『弱いのばっかり揃ってるから』と揶揄された気がして、周はついムっとした。


 しかし、おかげて昨日の寺尾の苛立ち、怒りの原因が判明した。それによってより怒りが増した。

 自分の都合で他人を振り回し、思うようにならなかったのをやはり人のせいにする。


 倉橋はひどく傷ついていた。


「でもね。万が一に備えて、実はあいつの飲み物に薬、混ぜておいたんだ……」

「……え?」


 陽菜乃は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、

「簡単に言うと、しびれ薬ね」


 本気だろうか。


 不意に、西岡のことが頭に浮かんだ。

 潜水は得意だったはずの彼。もし誰かが意図的にあの時、彼に何か薬を飲ませたのだとしたら……? 


 未必の故意。


 そんな単語が頭に浮かんだ。


 いや、立派な殺人だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ