コント『初デート』
いや、別にコントじゃないけど……。
学校の外に出て開口一番、周は思わず文句を言った。
「お前、宮島に行くって……なんで? 初めからそう言っておけよ!!」
「え、なんで? ダメなの?」
「……」
ダメというより、彼女と一緒にいるところを、万が一にも姉に見られたりしたら……下手をすると義兄に見られたりしたら、即刻和泉の耳に入ることだろう。
そうなると、もう先の展開は読めている。
『あの子といったいどういう関係なの?!』
これは和泉だけではない。
姉もきっとそう尋問してくる。
どうもこうも、ただ同じ教場の同期生というだけだ。それ以外なんでもない。
だが、2人とも絶対に納得しないだろう。
頭痛がしてきた……。
「それより、駅に着いたらちょっと着替えていい? この格好で観光はないよね~」
陽菜乃がその後も何か言っていたが、周はほとんど聞いていなかった。
学校の最寄り駅に到着する。
周は仕方なく駅構内の柱にもたれ、陽菜乃の着替えを待った。
いっそこのままUターンしようか。
と、思ったその時だ。
「待たせてごめんね~」
振り返ると、白い地に花柄のワンピースに身を包んだ陽菜乃が走ってくる。頭には大きめの麦わら帽子をかぶっていた。
彼女の私服姿を見るのは初めてだ。少しドキっとした。
それにしても。
さっきも思ったが、なぜ私服に着替えた今も、マフラーを外さないのだろう?
「なぁ、この季節にマフラーって……」
「え? 何言ってるのよ。これはマフラーじゃないよ。ストールだよ」
「どっちでもいい。暑いだろ、そんなのしてたら」
「暑くないよ。日焼けしたら嫌だから、外せないの」
今さらだと思ったが黙っておく。日頃、屋外で散々走っているくせに。
今日は路面電車ではなく、JRに乗ってそのまま宮島口へ向かうことにした。
日曜日の今日は車内がひどく混雑しており、周達は手すりにつかまってドアの近くに立っていた。
「ねぇ、そういえば藤江君っていつも土日も寮に残ってるよね? 実家、遠いの?」
「……俺に実家はないんだ」
え? と、陽菜乃は目を丸くする。
「両親はいないし、唯一の肉親も嫁に行ったし……」
亡くなった兄が買ったマンションは、姉の結婚と、周の入寮を機に引き払ってしまった。思い出の詰まっている部屋でもあったけれど、それだけに辛いのと、周が一人で暮らすには広すぎるという理由からだ。
卒業後は独身寮で暮らすことになるのだろう。
そうなると猫を飼う生活ができない……考えたら悲しくなってしまった。
「そう言うお前こそ、実家どこなんだよ?」
陽菜乃は車窓から遠くを見つめ、ぽつりと答える。
「東京」
「え……じゃあなんで、警視庁に就職しなかったんだ?」
「だって、警視庁はすっごく倍率高いんだよ? それにね、私ずっと広島に憧れていたんだ……親戚もこっちにいるし」
へぇ、と周は彼女の横顔を見つめた。
「でもね、宮島には……まだ行ったことないから。今日が初めて。鹿がいっぱいいるんでしょ? あと有名なのはもみじ饅頭?」
ふと、周は違和感を覚えた。
彼女はいつも元気いっぱいだ。テンションも高い。
だけどなぜか、今日はどこか無理をしているような気がしてならないのだ。
「……なぁに?」
「いや、なんでもない」
作り笑い?
そのことで周は、昨日のことを思い出した。
寺尾が倉橋に詰め寄って罵声を浴びせかけていたこと。
友人が力なく笑っていたこと。
確かに、昨日の大会は幹部の人や、各課の課長クラスも来ていたらしいが。確かに惜敗ではあったけれど、あそこまでムキになる理由がわからない。人生がかかっているとかなんとか、そのあたりも謎だ。
同時にもう一つ思い出した。
昼の休憩時、寺尾が彼女に何やら念押ししていたこと。
「なぁ、寺尾と何を約束したんだよ?」
え? と陽菜乃は目を丸くする。
「寺尾が……何か『忘れるな』とかなんとかって……」
すると陽菜乃はさっ、と表情を歪める。その様子からは嫌悪感、不愉快、そんな様子しか感じ取ることができなかった。
「藤江君、知ってるかどうか知らないけど……私、高校の頃からあいつに言い寄られてるのよ。ほんと、迷惑だわ」
その台詞に裏はないように思えた。
「だから、もし剣道の団体戦で優勝できたら、付き合ってもいいって約束したの。どうせ無理だってわかってたけどね」
暗に『弱いのばっかり揃ってるから』と揶揄された気がして、周はついムっとした。
しかし、おかげて昨日の寺尾の苛立ち、怒りの原因が判明した。それによってより怒りが増した。
自分の都合で他人を振り回し、思うようにならなかったのをやはり人のせいにする。
倉橋はひどく傷ついていた。
「でもね。万が一に備えて、実はあいつの飲み物に薬、混ぜておいたんだ……」
「……え?」
陽菜乃は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、
「簡単に言うと、しびれ薬ね」
本気だろうか。
不意に、西岡のことが頭に浮かんだ。
潜水は得意だったはずの彼。もし誰かが意図的にあの時、彼に何か薬を飲ませたのだとしたら……?
未必の故意。
そんな単語が頭に浮かんだ。
いや、立派な殺人だ。




