どちらの俺様?なんて聞くのは野暮だよ。
「聡さん、おはようございます。何かありました?」
『すぐ、宮島へ臨場しろ』
「宮島……?」
『包ヶ浦海岸で若い女性の変死体が発見された。どうも、着ている物からして……』
「……この学校の生徒ですか……?」
『その可能性は高いな』
「……聡ちゃんから?」
駒を手に長考していた北条が、真剣な顔つきになる。
「ええ、どうも……この学校の生徒が……」
眠気が覚めた。
一度に吹き飛んでしまった。
※※※
和泉達が到着した頃には既に、鑑識員がフラッシュを焚いて現場写真を撮影していた。
遺体は既に運び出されたということだ。
先に来ていた聡介がこちらに気づき、所轄署の刑事と共に近づいてくる。
「この女性に見覚えは?」
所轄署の刑事が和泉達に訊ねる。
見せられた写真に映っていた、まだ少女と呼んで差し支えない遺体は。
「……宇佐美梢だわ……」
「受持ちの生徒ですか、北条警視?」
ええ、と彼は頷く。
「死因は?」
「解剖を待たなければ詳しいことは言えませんが、後頭部に裂傷がありました。固いもので殴られたか、もしくはどこかで頭を強く打ち付けたか……」
「いずれにしろ、脳挫傷か何か……そういうことですね?」
和泉の問いかけに鑑識員はそうです、とだけ答えた。
「周囲に争った形跡はありませんでした。さらに、遺体には動かした痕跡が認められました。おそらく別の場所で殺害した上、ここに運んで遺棄されたのだと思います」
「さすがに今回ばっかりは、自殺だなんて口が裂けても言えないようですね?」
鑑識員が忙しく動き回っているのを見守りながら、和泉は皮肉を込めて口にした。
件の検視官は姿が見えないけれど。
「現場周辺の聞きこみ、まずはそれからだ」
聡介は集まった刑事達を組ませ、号令をかけた。
※※※※※※※※※
いつの間に自分の部屋で寝ていたのだろう?
昨夜は確か、倉橋と一緒に外で夕食を済ませ、彼は広島市内の実家に帰るというので周だけ寮へ送ってもらって。それから学校に戻ると和泉が待ち構えていて。
北条に付き合わされて将棋盤を囲んでいるというから、様子を見に行って……。
携帯電話の着信音が鳴っている。
今日は日曜日だから自由にスマホが使える。
誰だろう? ディスプレイを確認すると、陽菜乃だった。
『おっはよー!!』
朝からやたらテンションが高い。
『ねぇねぇ、藤江君。今日って何か予定ある?』
「別に……たまにはゆっくりするつもり」
『じゃあ、そういうことならデートしよっ!!』
なんでそうなるんだ。
「悪いけど、他の奴を誘ってやって」
もう一度寝よう。
『待ってまってーっ!! ねぇ、お願い。今日だけ、一度だけでいいから……』
その声音がなぜか、ひどく苦しそうで、悲しそうに聞こえた。
『……もう二度と、こんなこと言わないから』
「……どこへ行けばいい……?」
周は恐らく寝癖がついているであろう髪をかきまわしながら、そう答えた。
きっと何かあった。
正門前で待ち合わせ、と言われて周はスーツを着込み、部屋を出た。
約束の時間の5分前に到着すると、陽菜乃は既に待っていた。
外出時は男女問わずスーツを着なければならない、という学校の規定がある。
しかし気になることが一つ。
この暑いのに、彼女は首に淡いパープルのマフラーを巻いている。
ファッションセンスについてあれこれ言うほど、周は自分がお洒落だとは思っていない。
なので黙っていた。
「ありがとう!! じゃ、いこっ」
陽菜乃は妙に明るい笑顔で腕に抱きついてこようとする。
周が咄嗟に身をかわすと、またフグのような顔になった。
校門をくぐろうとした時。向かいから見覚えのあるシルエットが近づいてきた。
「あ、沓澤教官!! おはよーございますっ!!」
陽菜乃は直立し、敬礼してみせる。周も思わずそれに倣った。
「ああ……」
沓澤はどこか疲れたような表情で、惰性のように敬礼を返してきた。今日、ここに彼がいるということは当直なのだろう。
「出かけるのか?」
「はいっ!! 藤江巡査とデートですっ」
周は黙っていた。
「……どこへ行くんだ?」
そう言えば、プライベートでどこへ行くにも上司に報告しなければならないんだった。
陽菜乃は何を予定しているのだろう?
「宮島ですっ」
するとなぜか沓澤は、ぎょっとした顔になった。周もぎょっとする。
「そ、そうか……いいな、若い者は……」
「何言ってるんですかぁ~、教官だってまだ全然若いし、あんなに綺麗な奥さんに、可愛いお子さんだっているじゃないですか」
随分と親しげな口調だ。学生のほとんどは彼を恐れているのに。
彼女は元々、物怖じしない性格でもあったか。
「じゃ、行ってきまーす」




