ざまぁ
やっとのことで和泉が警察学校に戻ってきた時には既に、午後8時を回っていた。
県内のあちこちに飛んで、他にも複数の同期生に話を聞いてきたが、結論は変わらない。
沓澤を悪く言う人間はいなかった。とにかく厳しくて怖い人だったけれど、間違ったことは言ったりしたりしなかった……と。
そんなことよりも!!
和泉はまず周の姿を探したが、どこにも見つけることができなかった。
なので鬱々とした気分で仕方なく、先に北条へ調査結果を報告することにした。
「……と、いうことで。堤洋一氏の自殺は間違いありませんが、決して沓澤さんのせいなどではないと断言できます」
「……」
「聞いてます? 北条警視!!」
どこか心ここにあらず、ぼんやりしている先輩刑事は、はっと我に帰った。
「アタシにもいろいろと、考えることがあるのよ」
「そうですか。それより周君を知りませんか? 【反省会】という名の元に、2人きりでイチャイチャしながら、晩ご飯でも食べに行こうと思っているんですが」
「あんた、あの子の試合なんて見てないでしょ?」
「ええ、北条警視のおかげさまでね!!」
北条は目を逸らす。
「……あの子ならさっき、同じ教場のお友達と一緒に出かけたわよ」
「誰です? その不埒者は!!」
ウザいわねぇ~……と、彼は長い前髪をかき上げた。
「あの子は人気者だから。あんたみたいなヒネクレ者と違って、皆から好かれるのよ。だから休みの日になれば、あちこちからお誘いがかかるわけ。ただ、いわゆるクラス挙げての打ち上げ会には行かなかったみたいだけど」
「あそこにいる彼も含め、ですか?」
教官室の窓からは中庭の様子が見える。懐中電灯の明かりを頼りに歩いているのは、確か上村と言った。
「今日みたいな日に練交当番が当たった学生は、普通なら悲劇でしかないでしょうけどね。皆が打ち上げだなんだって浮き足立ってる時に。進んで当番を交代してくれる変わり者みたいよ。つまり、仲間と群れたくない……ってことね」
そうですね……と和泉は返事をしながらもさりげなく、彼の姿を目で追った。
「あんたも昔、そうだったでしょ?」
北条はおかしそうにこちらを見つめてくる。
「……僕の過去話は蒸し返さないでください。それより……調査結果を早く堤部長へ報告した方がいいのでは?」
すると。
「……ストレートに報告を上げたところで、事態が落ち着くと思う?」
「どういう意味です?」
「アタシもそうだけど、あんただって。人の親になったことがないからわからないかもしれないわね。子供に先立たれるのが、どんなに辛いことか……」
「ええ、わかりません。ただ……だからと言って沓澤さんを責めたところで、何の解決にもならないと思いますが?」
北条は深く長い息をつく。
「……たとえ一時しのぎだろうと、溜飲を下げることができればそれでいいのよ。彼らだってわかってるはずだわ。いったい誰に非があったのか。いっそのこと沓澤が失脚でもしてくれたら、彼らにとっては『ざまぁみろ』ってことなんでしょうけど……」
そうかもしれない。
やり場のない怒りを誰かにぶつけることで、一時的な感情は宥められるかもしれない。
長期的に、客観的に見れば愚かなことかもしれないが。
「じゃあ、どうするんです?」
「……この件は少しの間、アタシに預けておいて」
わかりました、と和泉は答えた。
正直なところそれほど関心は高くない。
「ところでねぇ、彰ちゃん。アタシ今夜、当直なの」
「それはお疲れ様です。それじゃ、僕はこれで」
「晩ご飯、買って来て」ぽい、と北条は分厚い財布を投げて寄越す。
やっぱりパシリ扱いか。
嫌だとも言えず、和泉は仕方なく教官室を後にした。




