表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/157

とりあえず助かったみたい

 北条はものすごく不機嫌そうな顔をしている。

 射抜くようなその瞳がなぜか、こちらに向けられた。


「……あんたに話があったのよ、藤江周」

 どきん。

「上村から聞いたわ。あんた、一ノ関と西岡の件……何か疑ってるんですって?」


 やっぱりか!! 

 どうしよう。この件に関しては一切、話題にすることさえ禁止。

 それを破ってしまったのだから言い訳はできない。


 今度は何をやらされるのだろう?

 トラック10週か、あるいは寮の全ての窓を拭けとか?


 ここは腹を括って正直に答えた方がいいだろう。

 周は真っ直ぐに北条の目を見つめた。


「あれは本当に、自殺や事故だったんでしょうか?」


 隣に立っている倉橋が少し怯えているのがわかる。

 北条はこちらを黙って見つめている。それに、と周は思わず強い口調で、ここぞとばかりにアピールすることにした。

「俺……自分は、あまり亡くなった2人とは交流はありませんでした。でも。同じ教場の仲間のことは常に気を配って見ているつもりです。特に一ノ関巡査に関しては、何か様子がおかしかったとか、そんなふうには見えませんでした」


挿絵(By みてみん)


 刑事に大切なのはとにかく【観察力】だからね。

 以前、和泉が言っていたことを思い出す。


 言葉に出さなくても、顔色に、態度に、仕草にだって何かしらのサインが現れる。それらを読みとることが大切なんだよ。


 嘘をついているのかいないのか、見破られるようになれば一人前だね。


「前にも言いましたけど、俺は一ノ関が亡くなる前の晩に彼と話しました。笑ってたんです。いろいろ悩みがあったけど、スッキリしたって……」


「……」

「……」


 ややあって。

「彰ちゃんでしょ?」

「え?」

「どうして捜査1課の刑事が、助教のフリして潜入してきたか、気になってたんじゃないの?」

 その通りだ。


「はい、そうです……」


 倉橋は知らなかったらしい。

 驚きに目を丸くしている。


「何かこう、ずっと探られているような気がしていました。和泉さ……和泉警部補の刑事としての能力の高さは、誰よりもよく知っています」

 すると。北条はくすっと笑って周の頭を撫で回し始めた。


「あんたも、あの子にベタ惚れなのね」

「……はい?!」

 なんでそうなる?


「いいわ、この件については不問にしてあげる。けど、忘れないで。迂闊にあちこちで口にしないこと。それだけは守って」


挿絵(By みてみん)


 じゃあね、と彼は背を向ける。


 とりあえず、助かった……のか?


「周……?」

「な、なぁ!! 何も予定ないんだったら、2人で何か食べに行こうぜ?」

「あ、うん、そうだな……俺、車あるし。行こうか」

 倉橋は嬉しそうに答える。


 それから2人が駐車場に出た時だ。


 一番端に停めてあった黒いワンボックスカーの影から、聞き覚えのある男女の声が耳に届く。辺りは既に真っ暗だから、誰がいるのか姿は見えないが。


 倉橋の車はそこから3台を挟んだ場所にある。

 友人の車に近づくにつれ、ハッキリと声が聞こえてきた。


「だから言ったんです、私があの時、先鋒を務めていれば……きっと優勝できたはずだって!! 水城巡査より私の方が、確実に段位も力も上なんですからっ!!」


 宇佐美梢の声だ。

 誰に向かって叫んでいるのだろう?


 彼女はその後も必死に叫んでいる。どうも聞くとはなしに聞いていると、水城陽菜乃に対する呪詛のようだった。


 よく言うぜ……自分のせいで負けたくせに。


 周が呆れて助手席のドアに手をかけた時、外から入ってきた車のライトにより、ボンヤリとだが車の影にいる人物のシルエットがちらりと見えた。

 あの後ろ姿は沓澤ではないだろうか。


「そういやあの子、えらく優勝にこだわってたからな~……」

 運転席に座った倉橋が車のキーを掌でもてあそびながら、おかしそうに言う。

「水城もそう。あいつら、どっちが先鋒で出るかで直前まで揉めて、結局のところ準決勝敗退だっただろ?」


 くだらない。

 そう思ったがとりあえず黙っておく。


「なぁ、周」

 シートベルトを締めつつ倉橋は笑いながらこちらを見つめてくる。

「お前ならさ、水城陽菜乃と宇佐美梢。2人から同時に好きだって言われたら、どっちを選ぶ?」


 周もシートベルトを締めつつ即答する。

「どっちもごめんなさい、だ」


「……なんで?」

「俺、自分の姉さんのことがこの世で一番大切だし。そもそも、どっちもただのガキじゃねぇか。俺はロリコンじゃない」

 そうかよ、と友人はあきれている。


「そういうお前こそ、どっちなんだよ?」

「俺? 俺は、そうだなぁ~……」

 倉橋がエンジンボタンを押した時だ。


「いい加減にしろ!! グラウンド100周したいのか?!」

 沓澤の声があたりに響いた。


 やはり、一緒にいたのはあの強面教官だったのか。

 しみじみと、あんなふうに正面切って大声で抗議する宇佐美梢は、勇者としか言いようがない。


 気になったらしい倉橋は、いったんエンジンボタンを消した。

 しばらく沓澤の怒鳴り声が響き、そうして梢の声は闇に消えて言った。


 周は何気なく車のダッシュボードに表示されているデジタル時計を見た。午後7時半。


「すごいよな、あいつ……あの沓澤教官に食ってかかるなんてさ」

「確かにな」

「まぁ、女王様だもんな。怖いものなんて何もない、ってか」


「……護、早く行こうぜ。腹が減った」

 へいへい、と友人は再びエンジンをかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ