取調室でカツ丼は提供されないから期待しないでね?
準々決勝戦は、今までとまったく勝手が違った。
左手首の痛みが今になって激しさを増してきた。
それでもここまできたらやはり、次のステージへ進みたいという欲がでてくる。
次は自分だ。
周はドキドキしながら、自分より先に出場している上村の様子を見ていた。
日頃、柔道だとか逮捕術などの授業では、正直言ってハラハラしてしまうほど危なげな彼だが、竹刀という得物を手にしてもやはりそれほど大きな差はないらしい。
あっという間に相手選手からの一本を許し、軍配は向こうに上がる。
すぐ隣に座って様子を見ていた寺尾が、なぜかギリギリと歯ぎしりをしているのが周にもわかった。
なんというか、気迫が違う。
この大会で優勝できなければ切腹でもするのだろうか?
だとしたらせめて、個人戦で頑張って欲しい。
次に控えている自分の責任は……けっこう重い。
「頑張れよ」
何気ない励ましの言葉もつい、プレッシャーに感じてしまう。
周は思わず和泉の姿を視線だけで探した。
見つけることはできなかったけれど。
対戦相手は見るからに強そうな、大柄で筋肉質な男だった。体格という点でこちらがやや劣ると思ったのだろうか、面の下でニヤリと笑顔を浮かべたのがわかった。
ムッとしつつも、礼を交わして竹刀を構える。
相手はこちらがほぼ素人であることを見切っていたかのようだった。
そして、少しの疲労と怪我を負っていることも……。
何と言っていいのか、遊ばれている気がした。
左右に揺さぶられ、一本とれるか取れないかギリギリのラインまで追い詰められ、反撃に出ると上手くかわされる。
現場に出ればきっと、似たような奴はいくらでもあらわれる。
のらりくらりとこちらの追及をかわし、決して真実を明かさない容疑者。テレビや小説でたまに、自白を取ろうとして恫喝する刑事達の姿を見る。
あれはきっと、そう言う人間を相手にしている時の苛立ちを鮮明に描写したに違いない。
忍耐だ。
和泉が教えてくれた、警察官に必要な特質。
忍耐、辛抱強さ、そして……謙遜さ。
仲間を思いやる心。
そして。
最後に勝つのは、どこまでも粘った方だ。
無我夢中で叫んだ自分の声と、赤い旗が上がる瞬間はほぼ、同時だった。
※※※
「やったな、周!!」
倉橋は嬉しそうに周の勝利を喜んでくれる。
「よくやった!!」
驚いたことに、寺尾でさえ祝福してくれる。
しかし……。
あと3人。このまま流れがこちらのチームに来てくれれば何も言うことはないが。
ところが。驚いたことに中堅である倉橋が判定負けになってしまい、相手チームにポイントを取られてしまう。
そして。
ピンチヒッターの彼は抜群の安定感で勝利をもたらしてくれた……が。
これで勝敗は今のところ引き分けだ。
後は大将である寺尾にかかっている。ただ、少し周は不安を覚えていた。
妙に気合いが入り過ぎている。
つい先ほど、昼の休憩時間。彼が陽菜乃と交わしていた遣り取りが頭に甦る。
そうして。
ぴっ、判定が降りた。結果は白旗。
つまり寺尾の負け。
自分達のチームは準々決勝敗退ということだ。
寺尾は歯ぎしりしながら、ものすごい形相で控え席に戻ってくる。
苛立ちが表に出ており、声をかけられるのも躊躇われるほどだ。
「ちくしょう!!」
彼は竹刀を床に叩きつけた。
バシンっ、と鋭い音が響く。
彼はよほど、この大会に賭けていたようだ。
そうだったとしてもこちらの知ったことではない。
しかし、思っていた以上に良い成績を残せたのではないか?
周としては大満足だった。




