表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/157

可もなく不可もなく

 堤洋一の同期生の一人は広島駅前交番にいた。


 駅前は今日も賑やかで、外国人が大きなスーツケースをガラガラ引いているのを何度も見かける。

 土曜日の今日、いつも以上に人出が多い。


「こんにちは~」

 和泉が中に入っていくと、3人の警官が詰めていた。

 名前と身分を名乗り、

「えっと、この中に第47期生卒業生の……田山君っていうのは?」

 自分です、と返事があった。


 彼は和泉を奥の座敷(休憩スペース)に連れて行ってくれた。

「予めお電話をいただいていましたが、どんなことでしょう?」


 はて? 電話をかけた記憶はないが。

 おそらく北条だろう。あの人は意外にマメというか、根回しが上手い。


「同期生の堤洋一君について……」

 その名前を出すと相手は、ああ、とすぐに反応した。


「自殺したって、本当?」

「本当です。あれは……卒業式まであと何日もない、日曜日の朝だったと思います。学校にはほとんど誰もいなくて、自分は練交当番でしたから、校内にいましたが……」


「遺書もあったんでしょう?」

「ええ、そうです。ですから自殺で間違いありません」


 少しお待ちください、と彼は立ち上がって冷蔵庫の方に向かった。


 しばらくして「どうぞ」と冷たい麦茶が差し出される。

 外は暑かったし、かなり汗をかいていたのでこれはありがたい。


 和泉は礼を言って、出されたお茶を一口飲んだ。


「……いや、今さら自殺を疑っている訳じゃなくてね。原因を知りたいんだ。一部の噂では、とある教官によるイジメがあったって……」


 すると田山、という巡査は苦笑いする。

「沓澤教官ですか?」


「……覚えてるの?」

「ええ。彼、目をつけられていましたからね~」


「どうして?」

「なんていうのか、ちょっと鼻持ちならないところがありましたからね。確か彼の家は警察一家でした。詳しくは忘れたけどお祖父さんも幹部だったし、父親は当時どこかの署長で、叔父さんは方面本部長……まわりの人間もチヤホヤしてましたし、特に女子学生から人気がありました」

 言葉の端々に、少なからず彼の私的な感情が垣間見えたが、それはさておき。

「確かに頭は悪くなかったですよ。武道全般もそこそこ、いい成績を収めていました。でもただそれだけ、です」

 と、彼は笑う。


「それだけと言うのはつまり……突き抜けた『何か』が欠けていた、とそういう意味ですか?」

 そういうことですよ、と嬉しそうな返答がある。

「どちらかと言えば可、だけど、特筆すべきこともない。そんなところじゃないですか。ただ、教官達もどこか、彼には遠慮している様子が見えましたね。でも。沓澤教官だけは違いました。他の学生と同じように指導していました。ある時なんて堤君、沓澤教官の授業の際に、皆の前で恥をかかされたこともあったし。我々としてはもう、すーっと溜飲の下がる気分でしたけどね」


 だろうね。

 和泉は黙って微笑んだ。


「それが当たり前っていや、当たり前でしょうけどね。でも、堤君の方はなんか納得いかなかったって言うか……やっぱり特別扱いして欲しかったんじゃないですか? ところどころに、自分は特別なんだ、みたいな空気が醸し出されてましたから」


 その時、表の方から、彼を呼ぶ声がした。

「あ、すみません」

「こちらこそ、時間を取らせて申し訳ないね」


 若い巡査は制帽を被り直すと、

「ちなみに。自分も何人かの教官と出会いましたが、中には本当に警察官だろうかと疑うような、陰湿で理不尽な要求ばかりをする人もいました。でも、沓澤教官は本気で……心から尊敬できる方です」


 和泉は彼に礼を言って交番を後にした。

 それから、堤洋一の同期生リストを確認する。


 次は……え、福山って……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ