可もなく不可もなく
堤洋一の同期生の一人は広島駅前交番にいた。
駅前は今日も賑やかで、外国人が大きなスーツケースをガラガラ引いているのを何度も見かける。
土曜日の今日、いつも以上に人出が多い。
「こんにちは~」
和泉が中に入っていくと、3人の警官が詰めていた。
名前と身分を名乗り、
「えっと、この中に第47期生卒業生の……田山君っていうのは?」
自分です、と返事があった。
彼は和泉を奥の座敷(休憩スペース)に連れて行ってくれた。
「予めお電話をいただいていましたが、どんなことでしょう?」
はて? 電話をかけた記憶はないが。
おそらく北条だろう。あの人は意外にマメというか、根回しが上手い。
「同期生の堤洋一君について……」
その名前を出すと相手は、ああ、とすぐに反応した。
「自殺したって、本当?」
「本当です。あれは……卒業式まであと何日もない、日曜日の朝だったと思います。学校にはほとんど誰もいなくて、自分は練交当番でしたから、校内にいましたが……」
「遺書もあったんでしょう?」
「ええ、そうです。ですから自殺で間違いありません」
少しお待ちください、と彼は立ち上がって冷蔵庫の方に向かった。
しばらくして「どうぞ」と冷たい麦茶が差し出される。
外は暑かったし、かなり汗をかいていたのでこれはありがたい。
和泉は礼を言って、出されたお茶を一口飲んだ。
「……いや、今さら自殺を疑っている訳じゃなくてね。原因を知りたいんだ。一部の噂では、とある教官によるイジメがあったって……」
すると田山、という巡査は苦笑いする。
「沓澤教官ですか?」
「……覚えてるの?」
「ええ。彼、目をつけられていましたからね~」
「どうして?」
「なんていうのか、ちょっと鼻持ちならないところがありましたからね。確か彼の家は警察一家でした。詳しくは忘れたけどお祖父さんも幹部だったし、父親は当時どこかの署長で、叔父さんは方面本部長……まわりの人間もチヤホヤしてましたし、特に女子学生から人気がありました」
言葉の端々に、少なからず彼の私的な感情が垣間見えたが、それはさておき。
「確かに頭は悪くなかったですよ。武道全般もそこそこ、いい成績を収めていました。でもただそれだけ、です」
と、彼は笑う。
「それだけと言うのはつまり……突き抜けた『何か』が欠けていた、とそういう意味ですか?」
そういうことですよ、と嬉しそうな返答がある。
「どちらかと言えば可、だけど、特筆すべきこともない。そんなところじゃないですか。ただ、教官達もどこか、彼には遠慮している様子が見えましたね。でも。沓澤教官だけは違いました。他の学生と同じように指導していました。ある時なんて堤君、沓澤教官の授業の際に、皆の前で恥をかかされたこともあったし。我々としてはもう、すーっと溜飲の下がる気分でしたけどね」
だろうね。
和泉は黙って微笑んだ。
「それが当たり前っていや、当たり前でしょうけどね。でも、堤君の方はなんか納得いかなかったって言うか……やっぱり特別扱いして欲しかったんじゃないですか? ところどころに、自分は特別なんだ、みたいな空気が醸し出されてましたから」
その時、表の方から、彼を呼ぶ声がした。
「あ、すみません」
「こちらこそ、時間を取らせて申し訳ないね」
若い巡査は制帽を被り直すと、
「ちなみに。自分も何人かの教官と出会いましたが、中には本当に警察官だろうかと疑うような、陰湿で理不尽な要求ばかりをする人もいました。でも、沓澤教官は本気で……心から尊敬できる方です」
和泉は彼に礼を言って交番を後にした。
それから、堤洋一の同期生リストを確認する。
次は……え、福山って……。




