特別な関係だってこと、明かしてもいいんだよ?
すると今度は、
「陽菜乃、おい陽菜乃!!」
彼女を追いかけてやってきたのは、寺尾だった。
「……お前、さっき言ったこと……本当だろうな?」
陽菜乃は深い溜め息をつく。
「……しつこいわね……」
「忘れるなよ?! 絶対だからな!!」
誰かが寺尾を呼び、彼は捨て台詞のように言い残して去っていく。
「……何の話だ?」
「え、気になるの?」
「いや、別にたいして」
もうっ! と、陽菜乃は再び拗ねた表情をしてみせる。
「藤江君って、意外と冷たいよね~」
そうなのだろうか?
心外なことを言われ、多少ならず動揺してしまう。クラスメート達のことはいつも関心を持って見ていると思っていたから。
だが。今のはあくまでプライベートに関することのように思えたので、敢えて突っ込むことはしないでおいただけなのだが。
少しの時間、2人の間に沈黙が降りた。
やがて、
「そういえば……藤江君。あの教官……和泉助教と仲良しだっていう話は本当なの?」
陽菜乃が問いかけてくる。
「そうだよ」
「……特別扱い……されてると……思う?」
周は横目で彼女の顔を見つめた。
「そう思いたければ勝手にそう思えよ。別に俺は、特別扱いしてくれって頼んだ記憶はない」
どいつもこいつも、好き勝手言いやがって。
舌打ちしたい気分だ。
「仮にそうだったとしても、藤江君はあいつとは違うよね」
「あいつ?」
「寺尾よ。あいつ、高校時代は成績トップクラスだったの。授業中は寝てるか、ゲームしてるかのどっちかだったのに。なんでかわかる?」
「……さぁ」
「カンニングよ」
「……よく、見つからなかったな?」
陽菜乃は肩を竦めてみせる。
「あいつの家って、両親が教育委員会の偉い人だったり、親戚一同が県の職員で偉い立場にいるのよ。だから先生達はみんな、見て見ぬふり」
「へぇ……でもそれじゃ、何の実力にもならないじゃないか」
だからよ、と陽菜乃は鼻を鳴らす。
「こないだの【地域警察】の授業はほんと、見ててスカッとしたなぁ。寺尾の顔、見たでしょ? 結局あいつにとって大切なのは、肩書きだけ。中身が伴わなくたって別にかまわないのよ。他の人間が皆、自分を尊敬して、チヤホヤしてくれたらそれでいいの」
「裸の王様、ってことか」
「そうね。一ノ関君も西岡君も、友達じゃない。あいつにとってはただの臣下だったんだわ」
悲しい話だな、と周は思った。
彼らは何を思い、どういう理由でそんな立場に甘んじていたのだろう?
……考えるのはやめよう。
話題を探して周はふと、さっきのことを思い出した。
「そういうお前もさ、沓澤教官と仲良いよな?」
「え……?」
陽菜乃は弾かれたかのように、はっと顔を挙げる。
「どうして、なんでそんなこと言うの?!」
「な、なんだよ……」
悪いことを言ったのだろうか?
彼女の表情を見ていたら、いったい何が気に障ったのかと不安になってしまった。
「そりゃ、沓澤教官には他の人よりもたくさん稽古をつけてもらったよ?! でもそれは単純に、強くなりたかったから……」
「わかってる、お前は決してズルしたりしないよ……」
陽菜乃はしかし周から視線を逸らして、足元を見つめた。
それから、
「……藤江君も、刑事志望なんだよね?」
「も……って、お前も?」
急に話題を変えてきた。
「そうだよ、話したことなかったっけ?」
初耳だ。
「じゃあ、ライバルだな」
すると陽菜乃はふふっ、と笑う。
「そりゃね、なりたい人が皆なれる訳じゃないし、狭き門なのはそうだけど……今は好んで刑事になりたがる人、少ないんだって」
「なんで?」
「他の課と比べても給料は一緒なのに、仕事は激務で不規則だから、プライベートな時間が確保できない。その上、昇進もあまり見込めないし」
その話は聞いたことがある。
「じゃあ、水城はなんで刑事になりたいわけ?」
「……内緒」
「……ふーん。じゃあ別にいいよ」
えー、と食い下がってくるかと思いきや、意外に大人しい。
「……沓澤教官もね、本当は刑事志望だったんだって」
「へぇ……」
ぴったりだな、あの風貌には。などと思ったことは胸の内にしまっておく。
「でも……いろいろあって、あきらめなきゃいけなくなったんだって」
詳しいな。
ツッコみたかったが、面倒なことになりそうなので黙っておく。
「ねぇ、藤江君はどう思う? 沓澤教官は厳しすぎる? ほとんどパワハラだと思う?」
過去に八つ当たりされた身としては、即座に否定できない。
それに、彼女が何を思ってそんなことを聞くのか不思議に思った。
「初めは……正直、ビビったっていうか……でも。あの人よりもっと怖いのいるし、そもそも体育会系なんてあんなもんだろ」
「厳しすぎて辞めたいとか……死んじゃいたいとか、思ったことある?」
なんなんだ。
しかし彼女の表情は真剣で、何か質問を挟む余地はなさそうだ。
「ないよ」
これだけは即答できる。
「ほんとに?」
「俺には明確な目標があるから……」
陽菜乃は嬉しそうに微笑む。
「そうだよね。そう言うのがちゃんとあるのとないのとじゃ、全然違うもんね!!」
「……どんな理由があったって……自殺なんてダメだ、絶対に……」
「やっぱり藤江君だ!!」
なんだかよくわからないが、陽菜乃がなぜか突然、腕に抱きついてくる。
何か深い事情があるらしい。
柔らかな感触と温もりに多少どぎまぎしながらも、周は彼女を突き放すことはしなかった。




