フグ刺し、てっちり、唐揚げ、フルコースでお願いします。
ひょっとして八百長なのではないか?
そんな疑問が浮かぶほど、周達のチームは順調に勝ち進んでいった。ラッキーとまぐれが重なった結果だろう。あるいは、相手チームがよほど弱小だったか。
痛めた左手首の怪我もたいした影響を与えることなく、あっという間に時間が経過し、気がついたら昼の休憩時間となっていた。
今日は土曜日。いつもの食堂は営業していない。
代わりに仕出し弁当が配布された。
味の保証はないそれらを口に詰め込み、周は急いで会場の外に出た。
和泉の姿を探す。
試合が始まる前にもチラチラとどこにいるのかを確認していたが、ずっと姿が見えない。
我ながら子供じみていると思うのだが、どうしても彼のコメントが聞きたかった。褒めて欲しかったのかもしれない。
小学生が授業参観にやってきた母親を探す気分に似ている。
しかし、敷地内をあちこちを探し回って中庭まで出たのに、とうとう見つけることができなかった。
どこに行ったのだろう?
すると、
「藤江君ってば、ねぇ!!」
後ろから陽菜乃のアニメ声。
「待ってよ、誰を探してるの?」
「……」
和泉を探す為に急いでいた周は、彼女が何か話しかけてきたのを上手にかわして外に出たつもりだった。まさか追いかけてきていたとは。
「それとも、誰じゃなくて何か?」
「……いいだろ、なんだって」
正直なところ時々、うっとおしいと思う。別に彼女のことは嫌いじゃないが。
ただ、一人になりたい時もある。
和泉と二人だけでゆっくり話したい時だって。
しかしその和泉はなぜか、姿が見えない。
「ねぇ、座らない?」
陽菜乃は中庭に設置されているベンチに腰掛け、隣を手で叩く。
仕方ない。和泉が見つからない以上、これと言って断る理由もないし、周は彼女の隣に腰を下ろした。
「……そういや……剣道の試合の時、すごかったな。水城があんなに強いとは思わなかった」
周が何気なく述べた感想に、
「すごいでしょ? 褒めてほめて!!」
陽菜乃は嬉しそうに顔を輝かせる。
「それ、自分で言ったら価値が下がるだろ……」
すると彼女はぷう、と頬を膨らませる。
その表情を見ていて周はつい、フグみたいだ……なんて思った。
そう言えばフグってすぐ隣の山口県が名産地で有名なのに食べたことがない。
なんて言っても高級だし。
そうだ、和泉におねだりすれば食べさせてくれるかな。
今どこにいるのかわからないあの人なら。
「だって誰も、何も言ってくれないし。私、時間ができたらいつも、一生懸命特訓してたんだよ?」
「そういえば、そうだったな」
何日か前の土曜日の夜、彼女と一ノ関が体育館から出てくるのを見た記憶が甦る。
周はそのことを思い出してから、
「あのさ……今さらこんなこと訊くのも変だけど、その時の一ノ関ってどんな様子だった?」
「……どういう意味?」
陽菜乃は不思議そうに首を傾げる。
「その次の日に、自殺……しただろ? なんて言うか、そんな兆候はあったのかどうかって気になってさ……」
和泉が教官のフリをしてやってきたこと、その後に続いた西岡の死。
自分達の知らないところで、確実に【何か】が起きている。
もしも自分が既に現場に出ている刑事なら、和泉達と情報を共有できたのだろうか。
彼と一緒に議論したり、推理を働かせたりできたのだろうか。
返事がないので、怪訝に思って周が陽菜乃の方を見ると、彼女は青い顔をして俯いていた。
「どうし……」
その時だ。
「その話題を口にするのは禁止のはずだ。忘れたのか?」
背後から鋭い声がして振り返ると、上村が立っていた。いつからいたのだろう?
周は黙っていることにした。
何を言っても弁解にしかならないし、そもそもみっともない。
「この件は北条教官に報告しておく」
内心穏やかではないが、周はわかったよ、と答えておく。
上村はやや驚いた表情を残し、そのまま去って行った。
「今度は何、やらされるんだろうな……」
陽菜乃は俯いたまま、返事をしてくれない。




