で、僕が行くんですか?やっぱり。
「一つ、よろしいですか?」
和泉は顔を上げ、堤警備部長の表情を確認した。
「なんだね?」
真剣そのもの。
当たり前だ。
立場上、多忙でもある人が思いつきや、悪戯心でこんなことを言い出す訳がない。
「なぜ、今このタイミングなのですか? 何かしら、きっかけでもあったのではありませんか?」
堤は少しの沈黙のあと、
「実は昨夜、おかしなメールが私の元に届いたのだよ」
「メール?」
警備部長はポケットからスマホを取りだす。
失礼、と受け取って和泉が画面をタップすると。
『204号室の幽霊より』
限界だ。
これ以上、何をどう頑張れっていうんだ。
もう無理だよ。
もう、ここにはいられない……。
だけど僕には帰る場所なんてない。
……。
遺書らしき文面の後、続いていたのは。
【僕は沓澤に殺された】
「これは……」
「前半は確かに息子の書いた遺書だ。私も5年前、この目で確かめた。でも最後の一文は知らない」
少し、部屋に沈黙が降りた。
やがて最初に口を開いたのは、堤であった。
「まさか。息子が……本当に幽霊になって、今になってこんなものを……?」
「幽霊な訳がありません」
和泉はピシャリと言い放つ。
「間違いなく、生きている人間の仕業です。それも沓澤氏に対して悪意を抱いている」
堤は自分でも愚かなことを言ったと感じたのか、やや気まずそうに目を逸らす。
そうして一気にお茶を飲み干し、空の湯呑をテーブルの上に置いた。
「とにかく、私が知りたいのは息子の死の真相だけだ。畑違いの部署の君にお願いするのは心苦しいが、頼まれてもらえないだろうか」
「……たとえ、どんな真実を知らされようと、受け入れる覚悟がおありでしたら」
和泉が頭の中で考えていたことを、北条がそのまま口にした。
「もちろんだ」
「……承知しました。こちらも、ご子息の件に関連していろいろと調べたいことがありますので、ご協力いたします」
「……頼んだよ。それじゃあ、私は会場に戻る」
言い方は【お願い】であったが、まさか断ったりはしないだろうな、という魂胆が透けて見えた。人に命令することに慣れている。そんな感じだ。
「それじゃあ彰ちゃん、そういうことで」
「……僕に、その堤部長の息子の同期から詳しい話を聞いてこい、と?」
「そうよ、今すぐに」
引き受けると返事したのはそっちじゃないか。
和泉はそう思ったが、黙っていた。
「……大会が終わってからじゃ、ダメですか? 周君が……いやそうじゃなくて、僕はそもそも学生達の事件のことを調べに……」
「和泉」
彼がそういう呼び方をする時は、逆らったらどうなるかわかってるわよね? という台詞が裏に隠れていることを和泉は知っている。
「これはただの勘だけど、アタシ達が調べている事件に、まったく無関係じゃないと思うのよ」
「……204号室の幽霊騒ぎ、ですか?」
それは確かに同意する。
仕方ない。和泉は重い腰を上げた。
周の試合を見たかった。彼が決勝に残ってくれたら、最悪、そこだけでも。
近くの交番とか、所轄にいるといいな……。
とりあえず泣きたいのを我慢して、和泉は応接室を後にした。




