家政婦ならぬ、子猫ちゃんは見た!!
≪土曜日≫
道場の端にはそれぞれ、見学用のパイプ椅子と木製テーブルが並べられている。
県警本部から幾人か幹部が視察にくるらしい、と寺尾が言っていたことは真実なようだ。
机の上には幹部の肩書きと名前の書かれた札が置かれていた。
そのせいもあってか学生達は皆、緊張した顔で整列している。
ところが。そんな中、なぜか女子学生達の間で妙に不穏な空気が漂っているのがわかった。
何があったのだろう?
沓澤教官が間に立って、何やら説得しているように見える。
「やってるやってる」
すぐ傍でクラスメートの揶揄する声が聞こえて、周はそちらを振り返った。
「どうしたんだ?」
「ほら、水城と宇佐美がさ……またモメだしたんだよ。そもそも、一度決まったことを覆そうっていうのは無理な話だって」
「例の、どっちが先鋒で出るかってことか?」
周の隣に立っている倉橋が口を挟む。
「そうそう。なんであんなに仲が悪いのか知らないけど、面白いよな……」
その直後に沓澤が大きな声を出し、その場は一瞬だけ静まりかえった。
女子2人が気まずそうな表情で互いに背を向ける。
その時だった。
周は見た。
沓澤が陽菜乃の手を握り、そっと耳元に何か囁いたのを。
ほんの一瞬のことだった。でも、確かに見た。
何を言ったのかはさすがにわからない。
そして、陽菜乃の表情が和らいだのも。
「周……どうしたんだ?」
「え? いや、なんでもない」
気のせいなんかじゃない。
※※※※※※※※※
会場に設置された客席に次々と幹部達が着席し始める。
全員にこりともしない固い表情で、出迎える職員達も緊張しているのか、動きがぎこちない。
地元のローカルテレビ局もいくらか、カメラを構えている。
和泉は周の姿を探した。ものすごく緊張していることだろう。
大丈夫だよ、と声をかけてやりたかった。もちろん人目のないところで。
誰かに見られたら後で何かと面倒だ。
キョロキョロしていると、会場の隅に長野の姿を見つけてしまった。
目を合わせないでおこう。和泉はわざわざ反対方向へ視線を動かしたが、
「彰、みぃ~っけ!! のぅのぅ、周君ってどれ、どの子?」
気がつけば彼は、すぐ隣に立って首を左右に振っている。
「あ、見いつっけた!! あの子じゃの?!」
確かに、長野が顔を向けている方向に周がいる。
彼は倉橋ともう1人、名前を覚えていない同じ教場の学生と話をしていた。
「よし、張り切って挨拶するけぇね~!!」
「やめろ!!」
「なんで? お前が、顔を覚えてやってくれって言うたんじゃろうが」
それはそうなのだが……。
「どうせ僕のこと、あることないこと吹き込むつもりだろ?! 子供の頃の恥ずかしエピソードとか」
すると長野はニヤリと笑って、
「そんなこと、思いつきもせんかったわ。ナイスアイディアじゃのぅ~」
「嘘つけ!! いいから、僕の可愛い周君に近づくな……!!」
和泉は長野の首根っこをつかもうとしたが、残念ながら相手の方が動きは早かった。
慌てて追いかけようとした時、後ろから襟を引っ張られた。
「ちょっと」
北条の声だ。下手に抵抗すれば窒息する。
和泉が大人しく後ろを振り返ると、知らない顔の中年男性が立っていた。
誰だ?
「こちらは警備部の堤部長」
つつみ……その名字を割と最近、どこかで聞いた。
「捜査1課の和泉警部補で、間違いないかね?」
低く良く通る声。
頭頂部はやや薄くなっているが、残った銀色の髪を綺麗に撫でつけた、なかなかダンディなオジ様である。
「そうですが、何か?」
「あとで、少し話がある……」
何だろう? 体育館の裏に来い、的な?
わかりました、以外に返答のしようがなかった。
「あの、僕……何かやらかしましたっけ……?」
和泉は北条の顔色を伺った。
「いろいろとね。あんた、自分が思っている以上に、有名人よ」
「北条警視には負けると思うんですけどね……」




