基本的には細かいことがあんまり気にならない、僕の悪いクセ。
「水城って確か、あの子ですよね? 常に周君のまわりをうろちょろしている、あの女の子……」
「……」
「僕の周君にベタベタと遠慮なく、いったいどういうつもり……ちょっと、聞いてます?!」
すると何を思ったか、北条はいきなり袴の帯をほどき始めた。
「……何やってるんですか?」
「そろそろ帰りたいから着替えるのよ」
確かに机の上や椅子の背に、彼の私服が引っかかっている。
「更衣室でやってください」
「面倒だから嫌。脱いだ後の片付け、よろしくね」
「冗談じゃないですよ、僕はいつから警視のパシリに……!!」
「うるさいわね、ごちゃごちゃ言うと……」
ばさっ、と北条が脱いだ道着が頭上に降ってくる。再び、空のペットボトルも。
あきらめよう。文句を言ったところで、改善される気配はない。
和泉は道着を綺麗にたたみながら、
「……ところで、西岡君の遺品はどうなっていますか?」
「明日にでも遺族が引き取りに来るって……」
そこで思い出したことがあった。
「そう言えば、一ノ関君のスマホは未だに行方不明なんですか?」
「……自分が盗みました、なんて、名乗り出る奴がいると思う?」
「いませんね」
そのスマホには犯人にとって知られたくない記述があったに違いない。SNSでのメッセージの遣り取りだったとしたら、削除したところで、復元は可能だ。
和泉は周のところに向かう前に、西岡の部屋を見ておこうと思った。
何か手がかりが残っているかもしれない。
そこで合い鍵を借り、寮に向かった。
廊下はしんと静まり返っている。皆、課題をこなしたり、それぞれ雑用をすませているのだろう。
西岡の利用していた209号室を確認する。
ドアを開けて和泉は少し驚いた。というよりも、違和感を覚えた。
荒らされている。
机の上からベッドの上、本棚に至るまで。そう、一言で言えば家探しされたかのような状態なのである。
元々、部屋の主がだらしないタイプだったのだろうか。
和泉が一歩部屋の外に出ると、向かいから一人の学生が歩いて来た。
例の寺尾だ。
何が面白くないのか、ブスっとした表情で大股に歩いている。彼はこちらに気がつくと、今にも舌打ちしそうな顔で、それでも会釈はした。
寺尾と言えば、今日話を聞いてきた中心人物ではないか。
「お疲れ様」
和泉がにこっと笑って声をかけると、彼は驚いた表情をする。
「……今回のことは、大変だったね。お友達が2人も立て続けに亡くなるなんて」
どういう反応を返すか興味深く見守った。
「……べ、いや……仕方ないです……」
今、確実に『別に』と言いかけた。
「少し聞きたいんだけどさ」
寺尾はさっと警戒したような表情を浮かべる。
「西岡君って、片付けられない人だった?」
「え? いや……あいつはむしろ、几帳面で神経質な人間でしたよ。妙に対称にこだわってて、時々見てて面白かったぐらい」
「そう、ありがとう」
と、いうことは。確実に誰かがこの部屋に侵入し、何かを探したと考えて間違いないだろう。しかしそんな行動をできる時間帯など限られている。
「あともう一つ。細かいことが気になる、僕の悪いクセなんだけど」
とある有名な刑事ドラマの主人公を真似て、和泉は人差し指を顔の前で立ててみせる。
「……今日の自主トレ、参加していないの誰だったか覚えてる?」
すべてのカリキュラムが終了し、建前は任務終了となった後でも、自主トレと称したほぼ強制トレーニングがあるのは周知の事実だ。
参加しない学生は却って目立つ。
もし誰かこの部屋を荒らしたのだとしたら、犯行時刻はその時だけだろう。
寺尾はさぁ? と、首を傾げる。
ふと和泉は、彼の右腕に青痣ができていることに気付いた。
「その腕、どうしたの?」
自分では気付いていなかったらしい。寺尾はえ? と、自分の腕を両方確かめている。
「ああ、これ……実は」
どうやら話を聞いて欲しそうだ。
まったく興味はないが、思いがけない拾いものもあるかもしれない。
「実はさっき……今度の武道大会で団体戦を組んでるチームメイトと、どういう順番で出るかって相談してたんです。なのに……」
「皆、イマイチやる気が見えない、と?」
我が意を得たり、ということらしい。寺尾はぱっ、と顔を輝かせる。
「そうなんです!! 実は一ノ関巡査……あいつ、ホントに強くて頼りになったのに、あんなことになって……」
その後、頭の中で聞いた話を要約すると。
自分はこんなにも熱心に優勝を目指して頑張っており、遅くまで自主的に練習を頑張っているのに、仲間はみんな非協力的だ。
そのくせ全員が目立ちたがりで、幹部クラスの偉い人間が見学にくるから、顔を覚えてもらいたいと、なかなか先鋒から大将までの順番が上手くまとまらない。
そのことで揉めていたのを、北条教官に聞き咎められた。
ペナルティとして道場に連れて行かれ、ものすごく厳しい特訓を受け今に至る、と。
「そう……大変だったね」
嘘をつくな。
いや、本人はいたって真剣に、真実を話していると考えているのだから救いがない。
こう言うタイプを和泉は何人も見てきた。自分だけが常に正しく、自分に迎合しないまわりの人間が間違っている。
他人との間に何かトラブルが発生すると、さも自分だけが被害者であるかのように、都合のいい部分だけを切り取って針小棒大、あれこれと脚色する。
悪いのは自分じゃなくて、思うようにならない環境のせい。
思い通りに動いてくれない他人のせい。
なるほど、かつての同級生が良くは言わないはずだ。
盛大に舌打ちしたい気分だ。
「……まぁでも、教官達も決してバカじゃないから。本気で頑張ってる学生さんのこと、ちゃんと見てくれているよ?」
「本当ですか?!」
間違っても君のことじゃないけどね、と声には出さず和泉は微笑んで見せる。
「引き留めてごめんね、それじゃ」
和泉は周の部屋に向かうことにした。




