触らぬ隊長さんに祟りなし
なんだか機嫌が悪そうだ。
この人、けっこうわかりやすいからな……。
今日一日めいいっぱい、あちこち飛び回って聞き込みをしてきて疲れた。
時計の針は既に午後10時過ぎを指している。
教官室なのに、なぜか道着姿で椅子にふんぞり返っている北条の顔色を伺いながら、どこから切り出そうかと和泉は思案していた。
「ねぇ、彰ちゃん」
こちらが話し出すよりも前に、強炭酸と書かれたペットボトルのふたを開け、一口飲んでから北条が話し始めた。
「……やっぱりいいわ、なんでもない」
なんなんだ。
「そっちの収穫は?」
絡まれると面倒なので、和泉は一日をかけて調べ上げたことを、結論だけ報告することにした。
一ノ関には自殺する理由がなかった、と。
「……ふぅん……じゃあ他殺で確定ね」
「しかし今のところ、明確な物証がないので、ただの感情論にはなってしまいますが」
北条は鼻を鳴らした。
「ああそう。だったらすぐに、物証を探してきなさいよ」
何を拗ねているんだ。
「ところで……一ノ関君は、北条警視。あなたに何を相談しようとしていたんでしょう?」
「学生がアタシに相談することなんて、だいたい二通りよ。志望する課に配属されるためにはどこに力を入れたらいいか、あるいは……」
「このまま警察官を続けて行けるのでしょうか、ですか?」
「ま、そんなところね」
強炭酸水を一気飲みして、北条は空のペットボトルを和泉に向かって投げてきた。捨ててこい、ということらしい。
「たぶん、一ノ関君は後者の方だと思います。今日会った人達から聞いた話で受けた印象からして……ですが」
「西岡の方は?」
「あれが事故とは、とても考えにくいです。解剖へは?」
「上はいろいろ渋ってたけど、どうにかねじ伏せておいたわ」
「そうですか……いずれにしろ一ノ関君も西岡君も、二人とも何かしらの理由があってあの寺尾という学生に追随していたようですね。しかし、彼らをつないでいたのは友情でもなんでもなく、ただの利害関係だったようです」
「でしょうね。アタシだって寺尾みたいな奴、できることなら関わり合いにすらなりたくないわ」
おいおい。
和泉はまわりを見回した。幸い、今部屋にいるのは自分達だけだ。
「……教官がそういうことを口にするのは……」
「いいじゃない、別に。あんただって、ちょっと見ただけでもあいつがどう言う人間か、すぐにわかったでしょ?」
「いえ、さすがにこの短期間では……」
なんて言ってはみたものの、実のところ彼の意見はわかる。
「さっきもあの子とトラブル起こしてたから、キツイお仕置きしておいたわ」
なに?
北条の言う【あの子】が周であることは間違いない。
「お仕置きって、なんですか?! 僕の周君にいったい何を……!!」
ジロリと睨まれたが、ここで怯む訳にはいかない。和泉は真っ直ぐに相手の目を見つめ返した。
すると彼は案外あっさりと、事の顛末を話してくれた。
だから道着姿だったのか……。
それよりも、周の様子を見に行かなければ!!
「あの子のところに行くのは、もっと後にしなさい。まだ話は終わってないわよ」
すっかり先を読まれていた。
「寺尾……完全にイカれてるわ、あいつ」
「……ですね。あ、それで思い出しました。同級生から聞いた話なんですが」
へぇ? と、北条は2本目の炭酸水の栓を開ける。
そこで和泉はコンビニの息子から聞いた話をした。
「【逆玉男】ね……まぁ、一定数は確実にいるわよね、そういうの。かくいう一昔前のあんただって、それが目的で嫁をもらったんだもんね?」
「……僕の場合は向こうから是非に、って申し出があったから、断らなかったというだけの話です。だいたいどうして今、僕の黒歴史を掘り起こすんですか?」
おもしろいから、と端的に応えて北条はこちらの意見を促す。
「さて本題に戻ります。他殺だとしたら、動機はなんでしょう?」
「そうね……」
「ただ彼らは、確実に誰かの恨みを買っていると考えていいでしょう。常に3人1組で行動していたことからして、誰かに何か悪さをしたに違いありません。仮に、この学内にその被害者がいるとして……どうやって遺書を書かせたり、毒物を仕込んだりしたのか。何かそれらしい場面を見たという目撃情報でも出ない限りは……」
「毒物?」
北条は驚いた顔をする。
「たぶん、ですけどね。あの亡くなった彼は泳ぎが得意で、潜水もお手の物だったと聞きました。朝から授業の直前まで、特に異変は感じられなかった……となると、考えることのできるケースはそれだけです」
「確かに……ね」
「あの時、生徒全員がペットボトルなり水筒なりを持ちこんでいました。隙をついて毒物を混入させることは、誰でも可能だったんじゃないでしょうか」
少しの沈黙。
それにしても、と北条は長い前髪をかき上げつつ、
「このまま一部の生徒が言ってるように【呪い】で済めば良かったわね」
「呪い……?」
「あんた知らないの? 204号室の話、したことなかったっけ」
「初耳です。なんですか? それ」
「何年前だったかしら……204号室を使っていた学生が自殺したらしいのよ。一ノ関がちょうどその部屋を使っていてね。まぁ、そういう噂話ぐらい大目に見てやろうと思っていたんだけど……」
あの部屋には亡くなった学生の幽霊が出る。
「……あ、思い出した……」
『幽霊を見た』
「西岡宏は、ゴールデンウィークに帰省した際……幽霊を見た、と言っていたそうです」
「西岡が?」
「実を言うと、僕も聞きました。彼が特定の人物を挙げて『あいつは幽霊なんじゃないか』と言っていたのを……それも、男が女に化けて出た、と」
「誰のことを?」
「水城陽菜乃、と言っていました」
「水城……」




