そっち系ってどっち系だよ? 家系?あ、そりゃラーメンの話か。
午後9時近く。
そう言えば寺尾から、談話室に集合しろと言われていたっけ。
気は進まないが周は言われた通り、5分前に部屋を出た。
こちらの気配を察したかのように倉橋も出てきた。
談話室というのは文字通り、寮の各階に備え付けられた学生のための集会場のようなものである。畳の部屋で、隅っこに小さなテレビが置いてある。
そう言えばプロ野球はどうなっているだろう……。
談話室には寺尾が一番乗りできていた。あと、顔も名前も知らない生徒が一人。
聞けば彼は隣の別教場の生徒だった。
人数調整のため、こちらのチームに組み込まれたらしい。
「……上村はどうしたんだよ?」
寺尾は苛立たしそうにまわりを見回す。
「あいつ、こんな時まで俺達の足を引っ張るつもりか?!」
何も言うまい。
何かを口にすればケンカになる。そうなると、他の生徒にも迷惑をかけることになる。
周は見えないように気を遣いながら深呼吸をする。
そこへ、
「結果がどうなっても、他人のせいにしないと約束したら。君の好きなようにするといいだろう」
入り口のところで柱にもたれ、腕組みをしながらこちらを見下ろしてる上村。
こいつ、どうしてこう言い方するんだろう?
寺尾も顔いっぱいに怒りの表情を浮かべている。
「一応、顔は出したからな。僕は忙しいんだ。後は勝手にやってくれ」
そう言い残して上村はスタスタと去っていく。
事情を知らないピンチヒッターの生徒は唖然としている。
しかし気を取り直したらしい寺尾は、
「あいつに限って先鋒か、大将はないな」
周もそう思う。
「倉橋は……有段者だったよな。じゃあ……」
寺尾は基本的に場を取り仕切るのが好きなタイプなのだろう。これといった場面を目撃した訳ではないが、おそらくいつも一緒にいた一ノ関や西岡に対し、あれこれと命令していたのではないか。
そう言うのはきっと【友人】とは言わない。
ピンチヒッターの生徒は自分の枠を確認したらしく、じゃあ、と立ち上がって談話室を去っていく。
「じゃあ藤江……お前確か、素人に毛の生えたようなもんだったよな」
あの2人はどんな気持ちで警察に入り、厳しい訓練に耐えていたのだろう?
本当についていけなくて絶望してしまったのだろうか。
西岡は、彼は本当に事故だったのか?
「おい、聞いてるのか?!」
周ははっ、と我に帰った。
「悪い……」
「しっかりしろよ!! ああもう、ホントになんでこんなメンバーなんだよ!! こんなことなら卓巳がいれば良かった」
卓巳とは、確か一ノ関のことだ。
「あいつ……昔からそうだったけどほんと、いざっていう肝心の時に何の役にも立たねぇんだよな!! 誰のおかげで、ここまで来られたと思ってるんだか」
「おい、よせよ!!」
倉橋が叫んだ。
「だって本当のことだろ?! あいつ、意外と柔道が強かったんだぜ? 同じチームにいて団体戦に勝てば目立つ……そうすれば上の人達に顔を覚えてもらえる……」
「何言ってるんだよ!!」
思わず大きな声が出た。
でも手が出そうになるのを、辛うじて堪えることができた自分を褒めてやりたい、と周は思った。
「友達だったんだろ? あんな亡くなり方して、悲しくないのか?!」
寺尾は舌打ちし、
「……お前にはわからないよな、藤江」
「何がだよ……?」
「お前、北条教官のお気に入りだろ? あの和泉っていう助教にも。なぁ、どうやって上手いこと取り入ったんだよ?」
「……」
「あ、わかった!! あの人、明らかにそっち系の人だし。お前、男のクセに可愛い顔してるもんな。どうせ身体を売ったんだろ?!」
周は全身の血が頭に昇るのを感じた。
今度こそ手が出てしまいそうだ。
「ふざけんなよっ!!」
怒りに震える全身を、どうやって抑えればいい?
しかし次の瞬間。
「談話室って、喉自慢をする場所だったかしらね?」
きっと赤かった顔は今、真っ青になっているに違いない。




