もしかしてTSっ?!
コンビニの息子に礼を言って別れてから、和泉は西岡宏の出身地である、瀬戸内海に浮かぶとある小島へ向かった。
彼は幼い頃から海に親しんでいたという。
そう言えば。あの日、水難救助訓練の授業の折、いつになく目が輝いていた。
本当は海上保安庁を希望していたからだろう。
西岡の家はどこか、と和泉が船着き場にいた老人に声をかけると、この島の子供達は中学を卒業するとみな、本土の高校へ進むのだと教えてくれた。
答えになっていないが、この際気にしないことにする。
ということは、毎日フェリーで本土の学校に通っていたのか。
調べたところ、西岡は父親を小学校低学年の頃、海の事故で亡くしていた。
今、家にいるのは母親のみ。
和泉は直接会っていないが、息子が亡くなったと知らされて病院へやってきた母親は、ひどく意気消沈していたそうだ。
住所を頼りに西岡の生家を自力で探す。
この辺りは古い木造住宅がひしめき合うように立ち並んでおり、東京の下町のごとく家と家の間隔が狭い。
しばらくして、和泉は西岡の表札のかかっている家を見つけた。
ガラス戸の扉を叩く。
しかし、反応はない。
「西岡さんなら、おらんよ」
近くを通りかかった主婦が教えてくれた。
「どちらへ行かれたか、ご存知ですか?」
「……役場じゃろ。宏が、あんなことになったけぇ、何かと手続きが必要でな」
おそらくこの島の住民なら全員が、西岡宏のことをよく知っているだろう。
自身も人間関係が狭く、因習の強い田舎町で育った和泉は、即座にそう考えた。
「恐れ入りますが、宏君のことを教えていただけないでしょうか? 綺麗なお姉さん」
明らかにお世辞だとわかっていても、やはり嬉しいらしい。相手が途端に警戒心を解いたのがよくわかった。
「……じゃけん、言うたのに……寺尾の倅なんかと関わり合いになるのはやめ、ちゅうて」
「……どういうことです?」
「寺尾の家はのぅ、元はこの島の者じゃったんよ。それが、何代か前の当主が何を思うたか政治家になるちゅうて、なんじゃ言うたかいの……とにかく県の偉い人間になったんよ」
「県会議員ですか?」
「ワシは難しいことはよう知らん」
どうも年寄りは話が脇道に逸れがちだ。
「それで、西岡宏君のことについてですが……」
婦人は一つ溜め息をつくと、
「あの子が小学1年か2年の頃、父親が海の事故で亡くなってのぅ……元々、そんなに家計に余裕がなかったんじゃけど……母親の方も天涯孤独の身でな。初めは中学を卒業したら働くような話をしとったけど、さすがにそれはかわいそうじゃって、それなのに……」
頭に手ぬぐいを巻いていた婦人は、それを取って額の汗を拭いた。
「なんだか母親が急に派手になっての。噂じゃけどな、息子を高校に通わせるため、本土のスナックで働き始めたらしいんよ。そこで……寺尾の家の者と知り合って……まぁ、人の道を外れた関係になったみたいじゃ」
「宏君は、そのことを知っていたんでしょうか?」
「わからん。けど、こんな狭い島のことじゃ。すぐに耳に入るじゃろうし、あの子ものぅ……将来の夢があったけぇな。なんちゅうたか、船乗りになりたいって」
海上保安庁のことだろう。
「ある日、あれは……宏が高校に上がってからの話かのぅ。寺尾のひ孫が宏と、他に何人か若いチャラチャラした、派手な格好の女の子を連れて島にやって来たんよ。まったく、今思い出しても腹が立つわ!!」
「何があったんです?」
「ゴミを投げ散らかすわ、夜中に大騒ぎするわ、人の家の庭の木を、花火で焼きおったんよ?! 危うく火事になるところじゃったわ!!」
「それは、大変でしたね……」
「宏の奴は、昔から肝がこまい(小さい)子でのぅ。母親のこともあって、寺尾のひ孫に頭が上がらんかったみたいでな。ほんま、あの子を責めても仕方ないんじゃけど……とにかく、その時のことに関してはあの子が方々に頭を下げまわっとった」
やりきれない気分だ。
あのトリオの関係性を、改めて確認できただけじゃないか。
ありがとうございました、と和泉は踵を返そうとした。
「ああ、ほうじゃ。思い出したわ」
婦人がいきなり言った。
「ついこないだ、ゴールデンウィークの頃じゃったかのぅ? 宏が久しぶりに帰省して、妙なことを言うとった」
「妙なこと?」
「……幽霊を見ただの、なんだの……」
「幽霊を見た……?」
「死んだはずの人間が、それも男が、女に化けて出たとかなんとか……妙なマンガでも読んだんじゃなかろうかの。あの子は昔から、夢見がちな子じゃったけぇな」
男が女に化けて出た?
「その話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか?」
「……わしゃ、それ以上のことは知らん」
そうですか、と和泉は引き下がることにした。
再び礼を言って踵を返そうとした時、背後から婦人が話しかけてきた。
「のぅ刑事さん。なして犯罪は、事件はなくならんのじゃ? あんたら、本気で一生懸命働いとるんか?」
「……私も知りたいですよ、それは」




