おいしい話には必ず裏がある
そんな訳で。
その夜、北条が和泉を連れて行ってくれたのは、高級なことで有名なとある焼肉店だった。
「ワイン、注文していいですか?」
「好きになさい」
一番高いのを遠慮なくオーダーしようとして、ふと何を企んでいるのだろうかと不安になる。なので、二番目に高い赤ワインにしておく。
とりあえず生ビールも。
「で……話って何ですか?」
北条雪村。
県警捜査一課特殊捜査班銃器対策課、通称『HRT』所属の警視である。テロ事犯や誘拐事件などの事件を扱うスペシャリストだ。
射撃の腕は超一流。その実績について言えば、県警内で知らない者はいないと言われるほど。
和泉は若い頃一時期、彼と一緒に同じ部隊で働いたことがある。
それはさておき。
肉の焼ける香ばしい匂いを楽しみながら、和泉は口を開いた。
「どうしたんですか、突然奢りなんて何を企んでいるんです? 北条警視」
小まめにトングで肉をひっくり返していた北条はひく、と頬を引きつらせる。
「……ま、いろいろとね」
「今までの経験則から言って、こんないいお店に連れていってくれて、かつ奢りだなんて……何か裏があるに違いない。そうでしょう?」
和泉はビールを一口飲む。
「喜んでほいほいついて来たくせに」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず……ですよ。それで、何を企んでるんです?」
北条はワインを一口飲んでから、ニヤリと笑った。
「あの子、広島県警に入ったんですってね?」
彼のいう『あの子』とは藤江周のことだ。
和泉が周に初めて会ったのは、ある日突然妻に逃げられ、聡介の家で居候させてもらうことになって間もない頃の話だ。
彼は同じマンションの隣の部屋に家族と住んでいた。
「ええ……そうですね」
不思議な縁というか、和泉が関わる事件には必ずと言っていいほど周と、その家族が何かしら関わってきた。
そうして彼と接している内に、和泉は本気で考えるようになった。
将来、この子が自分の相棒になってくれないだろうか。
藤江周という男の子は。
どこまでも真っ直ぐで純粋で、それでいて心優しい。
ほぼ無意識の内に示される温かい気遣いや、自分に対して、何の裏もなく寄せてくれる無条件の信頼感。
一緒にいるのがとても心地良い。
初めは冗談のつもりで、高校を卒業したら県警に入らないかとスカウトしたものだ。
しかしその内、かなり真剣に他の進路は選ばないで欲しいと思うほどになった。
そうしたら彼は自分からそう言ってくれた。
高校を卒業したら県警に入って、いつか刑事になって相棒になる、と。
周が高校卒業後、この広島県警に採用されたことを聞いた時は、嬉しくて本当に舞い上がってしまったものである。
「楽しみだわ、ほんとに」
「……ちょっと待ってください。周君の身柄は我々、捜査1課強行犯係がいただきますからね!!」
北条はふん、と鼻を鳴らした。
「実はアタシ、来週から異動になるのよ」
「へっ……?」
人事異動は大抵春か秋の話である。
今はまだ七月初旬だ。
「冗談でしょう? 警視なくして特殊捜査班が成り立つ訳……」
「正式にはHRTと兼任ってところかしら。とある教官が一人、突然大きな病気で入院することになってね。欠員が出たのよ。そこでアタシ自ら立候補したの。たまには若い子達と一緒に汗を流したいじゃない? それに、優秀な部下がいるから後のことは何も心配していないわ」
和泉が呆気にとられて動きを止めている間に、高級ワインはすっかり北条にすべて飲み干され、焼けた肉はすべて回収されていた。