いったい何が、どーなってるの?!
「これは、いったいどうなっとるんだね?!」
県警本部のビル、最上階に近い刑事部長の執務室。
呼び出され、執務室に入った途端。北条にとっての上司である刑事部長が、顔を真っ赤にしたり青くしたりして大きな声を出した。
「自殺じゃ、事故じゃと?! まさかとは思うが、教場内でイジメがあったんじゃなかろうな?!」
「……その事実は現在、確認できていません」
我ながら嫌な答え方だ、と思う。
「危機管理がなっとらん、これはパワハラじゃ、虐待じゃ、ちゅうてマスコミに叩かれるじゃろうが?! どこぞの大学のせいですっかり、世間の眼がうるさくなった今この時期にじゃ?! 下手をしたら学内でイジメがあったんじゃないか、なんて勘ぐられてみぃ!! たちまち痛くもない腹を探られて……こんなことじゃ、信用度もイメージもガタ落ちじゃろうが!!」
「……よくある話じゃないですか」
思わず北条がぽつりと漏らすと、部長はドン、と机を叩いた。
「遺族に訴訟でも起こされてみぃ!! あぁ、考えただけで……」
今の部長はこれまでの上司と変わらず、保身にひた走るタイプだ。
「一ノ関卓巳も西岡宏の件に関しても……そう単純に、自殺や事件だと表面だけで判断するのは危険だと思われます」
へ? と、部長は目を丸くする。
「ど、どういうことじゃ……?」
もっとも、自殺や事故だった方が遺族にとってはありがたいかもしれないけどね。
北条は上司に見えないように、小さく溜め息をついた。
「とにかく、慌てないでください。今回の件に関しては何かしらの裏があります。それが明らかになるまでは……絶対、外部に漏らさないでください」
北条は思い切りドアを叩きつけたい気持ちをどうにか抑え込み、廊下に出た。
すると、
「ゆっきー」
「課長……」
捜査1課長の長野が扉のすぐ前にいた。ずっとそこで待っていたのだろう。
どうでもいいが、キャスター付きの椅子に正座して、庁舎の中を移動するのはそろそろやめた方がいい。怪我をするのは勝手だが。
「ワシにも、もうちょっと詳しいことを聞かせてくれるかのぅ?」
※※※
「……ほうか、水難訓練の最中にな……」
長野はなぜか、ゆるキャラのぬいぐるみを掌の上で弄びながら呟いている。
「朝の点呼時、授業が始まる直前まで何も異変はありませんでした」
「となると……授業中に『何か』あった、ちゅうことじゃな」
「そう思います」
長野はいつになく真剣な顔で少し黙った。
日頃の言動がかなり奇妙なこの刑事はしかし、頭は決して悪くない。少なくとも部長のように、ひたすら最悪のケースばかりを予想して青くなるようなこともない。
「……もし……コロシじゃったとして、動機はなんじゃ? その子に恨みを抱くような人間がおるんか?」
北条は頷く。
「今、彰ちゃんをはじめ、下僕共に学生時代の同級生を探らせています」
「同じ学校の出身者が数人おるんじゃったかのぅ?」
「ええ。ひょっとすると、そこに根本原因があるのかもしれないと思って」
ふーん、と頷いた後、長野はチラリとこちらを見た。
「で、ほんまに虐待だのイジメだの、パワハラだのは存在せんのじゃな?」
北条は肩を竦める。
「警校を出た学生はみんな、口を揃えて【あそこは地獄か監獄だ】と言うそうですよ」
「まぁ、違いないのぅ……のぅ、モミじー?」
それ、随分と気に入ってるのね……。
「見事に耐え抜いた人間だけが、現場に出ることを許されるんです」
「ほうじゃのぅ。ゆっきーは厳しいけど、無意味に学生を叩いたりはせんじゃろ?」
「当然です」
「ワシはゆっきーのことを信頼しとるけぇな」
恐れ入ります、と北条は答える。
「……ところで、何君って言ったかのう? 彰のバカが可愛がっとる子猫ちゃんは」
「藤江周ですか?」
和泉と言い、この課長といい、人の名前が覚えられないのは血筋のようだ。
「ああ、そういや、そんな名前じゃったのぅ……その子、間違いないんか?」
「間違いありませんよ、私も保証します」
「ほうか……ほんなら、聡ちゃんが定年を迎えても安心じゃのぅ」
そうですね、と答えて北条は警察学校のある方向を見つめた。




