ターゲットロックオン!!
「……今のは、なんだったんだ……?」
倉橋も寺尾も、呆然として動きを停めている。
「き、気のせいだろ? ほら、さっさと掃除を進めないと時間なくなるぜ?!」
今、自分達の小さな揉め事に割って入り、よりややこしい方向へ引っかき回して行った台風のような人の名前を、周はよく知っている。
まさか、あの人がこれから教官としてこの警察学校へ……?
いや、まさか。
特殊捜査班を率いることのできる人なんて、そう何人もいるわけがない。そう簡単に代役が見つかる訳がないんだから。
仮にやってきたとしても、たぶん臨時の講師とか、そんなところだろう。
まさか担当教官なんて……考えすぎだな、うん。
※※※※※※※※※
和泉彰彦は深々と溜め息をついた。
父のいない刑事部屋なんて、ただ汚いだけの体育会系の部室みたいだ。
いるのはむさ苦しいオッサンが二人と、なんとなくこちらの顔色をうかがっている若いのが二人。
血のつながりはまったくないが、和泉が心から父と敬愛する職場の上司である高岡聡介は今日、有給休暇を取って休んでいる。
忙しさにかまけて健康診断をサボっていたら、とうとう半強制的に受診を余儀なくされたのであった。
検診そのものは半日で終わるが、たまには休めと言われて、一日休むことにしたらしい。
聡介のいない仕事場など、和泉にとっては殺風景を通り越していっそ、どうしてここにいなければいけないんだ、というぐらいに味気ない。
そのせいか、まわりが恐怖感を抱いてしまうほど不機嫌そうな顔をしているようだ。
「……」
昼前になると、仕事にも飽きてきた。
こういう時は八つ当たりに限る。
ちょうど和泉の目の前を、若い後輩が通りかかった。
ターゲットロックオン!
「あーおーいーちゃん、遊ぼ!」
「……仕事中ですので……」
テンプレ通りというか、予想を寸分違わない反応に思わずニヤリとしてしまう。
だから面白いんじゃないか。
逃がすものか。
和泉は駿河の背後に回り、肩を揉むフリをしてがっちりと確保した。
「……ねぇ、美咲さんは順調……?」
「ええ、元気です」
彼の妻である美咲という女性については旧知の仲である。
心の芯が強く、姿形も綺麗で、和泉にとって数少ない友人の一人でもある。
その彼女が紆余曲折を経た末に、同僚の刑事である駿河葵と結婚したのはまだ、それほど遠い昔の話ではない。
そしておめでたいことに最近、彼女が駿河の子供を身ごもったと聞いた。
「予定日はいつだっけ?」
「来年の2月下旬か3月初めです」
じゃあさ、と妻とこれから生まれる子供のことを話題にした途端、すっかり力を抜いてしまった駿河のことを微笑ましく思いつつ、
「美咲さんにもしばらく会ってないから、近くお見舞いも兼ねて、宮島まで遊びに行ってもいい?」
「もちろんです。美咲も、たまには和泉さんや班長にお会いしたいと言っていました」
「じゃ、今度の日曜日に行こうかな」
「わかりました。美咲にも、伝えておきます」
え……いいの?
八つ当たりのつもりが、思わぬ展開になった。
まぁ、いい。美咲に会いたいと思うのは事実だし。たまにはプライベートで宮島に行くのも悪くはない。
現在の姓は駿河となっている彼女の仕事は、宮島にある老舗温泉旅館の若女将だ。
そうだ、ゆっくりお風呂に浸からせてもらおうかな~、割引料金で。
そんなセコいことを考えつつ、次のターゲットを物色する。
次のターゲットは……と、その時。
ぐわしっ!!
巨大な手で頭をつかまれ、和泉は硬直した。下手に動いてはいけない。首があり得ない方向へ曲がる危険性が高い。
和泉は背後から漂う香りに鼻をひくつかせた。
この匂いは……北条警視!!
「ねぇ、彰ちゃん。今日仕事終わったら、話があるの。晩御飯に付き合いなさい」
「……北条警視のおごりなら……」
「そのつもりよ」
焼肉か回っていない寿司か。いずれにしろ、自腹は避けたい高級料理店に連れて行ってもらおう。
何しろ相手は階級も上だし、独身貴族だし奢ってくれて当然だろう。
「喜んで承知いたしました」
「じゃあ、また後でね」