隠密行動なら得意です
午後の授業が終了した後は校内の一斉清掃。
広い敷地内には時折、風に飛ばされてきたゴミや、この地域を管轄する生活安全課の取締まり強化により検挙・逮捕された違法風俗営業店の経営者が逆恨みの末、大量のピンクチラシを学校の敷地内にばら撒いて逃げることもある。それらを回収して廃棄する。
和泉がこの学校にいた頃から変わることのない、この習慣。
さらに日照りの中、中腰状態で草むしりをしなければならないこともある。
それぞれ手持ちの45Lゴミ袋いっぱいにゴミを集めたら【合格】である。
懐かしいなぁ、と和泉は感慨にふけりながら物陰に隠れて学生達の後ろ姿を見つめていた。
それよりも周は大丈夫だろうか?
先ほどは、あまり顔色が良くなかったが。
敷地内をあちこち探し回って、ようやく周の姿を見つけた。
どうやら仲の良い友人達がカバーしてくれているようで、それほど無理はしていない様子だ。
あの子は本当に、まわりから愛されている。
それにしても、あの沓澤と言う教官……武術の授業の時、確実に周のことをピンポイントで狙っていた。
どういう理由だろう?
許し難いのは言うまでもないが、自分が何か言える立場でもない。
気になったので和泉は午前の授業が終わってからこちら、沓澤の少し様子を見ていたが、なんだかひどく落ち込んだ様子に見えた。
もしかすると八つ当たりだろうか。
あの人も北条に頭を抑えつけられていて、何かと不満を覚えているのかもしれない。
だとしても、よりによって周を……どうあっても許し難い!!
そして、ふと思い至った。
彼は何か周に対して、個人的な恨みを抱く理由がある……?
その時だった。
建物の影、和泉の立っている場所の反対側から何やらひそひそと話し声が聞こえてきた。
「……いいから、黙って俺の言う通りにしとけ!!」
「けど、あの助教……」
和泉は物陰に身を隠して息を潜め、耳をそばだてた。
「ふん、捜査1課の刑事か何か知らないが、どうせ大したもんじゃないだろ」
「も、もし仮にあの時のことを調べられたら……?!」
「だから、知らないフリしとけって言っただろ?!」
「で、でも……」
「言っとくけど、俺は直接、手を出してない。何か聞かれても知らないからな?」
「ふざけん……!!」
「いいか、黙っていれば誰にも何も知られないで済むんだよ!! 証拠なんて、何一つないんだ!!」
証拠?
直接、手を出していない?
気になる単語がいくつも飛び出してきた。
「やっぱり……イチは呪い殺されたんだよ、あいつの幽霊に!!」
「はぁ? 何言ってんのお前」
「だって、あいつ……全然、自殺するような兆候なんてなかったし!!」
「そんなの、お前の主観だろ」
「な、なぁ、ひょっとするとあいつ……水城陽菜乃って、まさか本当にあいつの幽霊なんじゃ……?!」
がっ、と殴りつけるような音が響いた。
「てめぇ、今度それ言ったら殺すぞ!!」
……まるでヤクザだな……。
ここは警察学校のはずだが?
すると。
「ちょっと、あなたたち」
女の子の声がした。
「おしゃべりばっかりしてないで、手を動かしなさいよ!! いつまでたってもうちの班ばっかり終わらないって、また教官に目をつけられるじゃない!!」
あの特徴的なアニメ声は確か、いつも周にちょっかいを出してくる、憎たらしいあの小娘ではないだろうか?
周の前では可愛らしい女の子を演じていながら、それ以外の男の前では、随分と偉そうにしているものだ。
いつか絶対、周の見ているところで化けの皮を剥がしてやる。
と、思ったら……。
声の主が視界に入ってきた。残念ながら、例の女子学生ではなかった。
背が高く、すらりとしている。
顔立ちもあの子に少し似ていたが、よく見ると別人だ。
というか和泉の場合、特に若い女性に興味が薄いので、どの子もみな、金太郎飴のごとく同じ顔に見えてしまうのだった。
「ねぇ、それよりも。さっきの話はどういうこと?」
「なんだよ、さっきの話って……」
「水城陽菜乃が幽霊だって話」
すると。なぜかそれきり会話は止んだ。
人の顔と名前を一致して覚えられない和泉はスマホを取り出し、学生名簿を確認した。
宇佐美梢……と。
そう言えば先日、騒ぎを起こした子だと聞いた。クラスの中心人物。女王様とかなんとか呼ばれているんだったか。その反面、かなり敵も多そうだが。
そして先ほど彼らの会話に出てきたのは……例の小娘だ。
彼女が幽霊とはどういう意味だろう?
和泉は違う意味で、水城陽菜乃と言う少女に興味を覚えた。




