これだから女の子は理解できない
「……大丈夫か?」
背後からそう声をかけてきたのは思いがけず、上村だった。
冷たい水で顔を洗うと、少し落ち着いた。
「……まぁ、なんとか……でも、なんで?」
「今週は保健委員だからな」
そういうことか。
しかし、さすがの和泉も、皆が見ている前で特別扱いはできなかったようだ。
ホっとしたような、少しだけ寂しいような、複雑な気持ちだ。
周は上村が差し出してくれたタオルで顔を拭く。
「今日の沓澤教官はずいぶん、荒れているようだ」
「そうみたい、だな……」
「さっきは倉橋巡査が吹き飛ばされていた」
「えっ?!」
急いで周は道場に戻ろうとした。
しかし、上村に肩を掴まれる。
「離せよ!!」
「君を医務室に連れて行くのが先だ」
「でも……」
「無力な人間が首を突っ込むのは、悪戯に場をかき乱すだけだ。心配いらない、さっき和泉助教が介入なさった」
それなら……と、周は大人しく医務室へ向かうことにした。
たいしたことはない。
と思っていたが、意外にダメージは大きかったようだ。いつの間にか眠っていたらしい。
少し疲れているのかもしれない。
ふと目が覚めた時、医務室のベッドの上で、なぜか水城陽菜乃が自分の顔を覗きこんでいることに周は気付いた。
時計を確認する。もう午前の授業は終わっており、今は昼食の時間だ。
周はつい目だけで和泉の姿を探したが、見つけることができなかった。
「何を探してるの?」
「え、水城? なんで……?」
「なんでって、心配だったからに決まってるでしょ!?」
「別に平気だから。食堂に戻らないと、昼飯食いっぱぐれるぞ」
陽菜乃は何か言いかけたが、結局口を噤んでしまう。
周自身は食欲はまったくない。それでも吐き気はすっかり消えていた。
「……ごめんね……」
泣き出しそうな表情で彼女は言った。
「え?」
それじゃ、と陽菜乃は医務室を出ていく。
なんでお前が謝るんだ?
そう周が聞きかけた時には既に、彼女の姿は見えなくなっていた。
これだから、女の子は理解できない。
「周君!!」
ほどなくして、陽菜乃と入れ替わりに和泉が入ってきた。
周は思わずさっ、と身構える。
「大丈夫?! ねぇ、どこか痛む?!」
「何も問題ないから、それじゃ」
急いでベッドから降りようとしたが、そうは問屋が卸してくれなかった。
抱きつきこそされなかったものの、手で両肩を抑えつけられる。
しかし。和泉はいつになく真剣な顔で、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「……なに?」
「さっきの彼女……どういう人?」
「どういうって、別に……同期生だよ、ただの」
思わず目を逸らしてしまう自分がいる。冷静に考えてみたら、疚しいことなど何一つない。そもそも、なんでこんな質問をされなきゃならないんだ。
周は和泉の手を振り払って立ちあがった。
「周君、何か食べるもの買ってこようか? 食堂はもう、終わっちゃったみたいだから」
彼はそう言ってくれたが、あまり食欲はない。
「……いい、欲しくない……」
「じゃあ、いったん寮の部屋に戻る? 僕が連れて行ってあげるよ。お姫様抱っこで!! あ、それとも背中におんぶの方がいい?」
「……いずれもご遠慮願います、だ」
少しふらついたが、周は自力で医務室を出た。
今回、挿し絵が2枚なのは、前回の更新分に入れるのを忘れたからだァアアアっ……!!




