良い警官と悪い警官
二人は席を立って教壇近くに歩いてきた。
上村は無表情に、周はやや緊張した面持ちである。
「では、倉橋巡査。引続き不審者役をお願いします……ちょっとすみません、そのカバンの中身を見せていただけますか?」
上村は作った笑顔を見せ、不審者役の学生に声をかける。
不審者は先ほどと同じく、
「どうしてですか?」と、問い返す。
すると上村は、目だけで周に合図した。
お前が話せ、という意味だろうか。
周はにこやかな表情を浮かべ、
「お急ぎのところを申し訳ありませんが、少し気になったものですから」
「な、何がですか……?」
「お気を悪くなさらないでください。最近、この辺りで何かと大きな事件が続いているものですから、皆さんに注意を呼び掛けているのです。随分と、大きなカバンをお持ちのようですが……お仕事中ですか?」
「ええ、まぁ……」
「中に何が入っているのか、差し支えなければ拝見させていただけませんか?」
わかりました、と不審者役は応じる。カバンから練習用の分厚い模造紙幣が出てくる。
「ご職業はなんですか?」
今度は上村が威圧的に問いかける。
「質屋です」
「質屋さん……日頃からこんなに大金を持ち歩いていらっしゃるのですか?」
この場合は質屋という名を借りた『故買屋』である可能性が考えられる。故買とは、盗品と知りながら買い取ることであり、もちろん犯罪である。
「うちは即日、現金買取がモットーでしてね」
不審者役もなかなか上手な切り返しだ。
「これからどちらへ?」
「もちろん、たった今、買取依頼の連絡がありましてね。向かっている途中ですよ」
「……まさか故買品ではないでしょうね? 実は最近、この近辺で宝飾品や美術品の盗難事件が相次いでいましてね」
上村はねちっこい口調で、明らかに疑う様子を見せている。
すると周は、
「おいおい、そんなふうに初めから疑ってかかったら申し訳ないだろ。急いでるところを、こうしてわざわざ足を止めてカバンを見せてくれた人に対して」
「そんなことは当たり前だ。市民の義務だ」
「すみませんね、この人はまったく……」
周は愛想笑いを浮かべつつも、さりげなく不審者の顔を伺っている。
「その、これから買取に向かう先は?」
「そんなこと……いくらなんでも失礼じゃないか」
「はい、そこまで!!」
北条は手を叩いてから、生徒達を見回した。
全員がポカンとした顔をしている。
「今のはとても良かったわ。皆、覚えておきなさい。いわゆる『良い警官』と『悪い警官』っていうやつよ。一人がとっとと自供しろと迫る中、もう一人がその必要を否定し続ける……そうすると人間っていうのは不思議と、情報提供してやろうか、なんていう気になるものなの。ただし、これはコンビの息が合っていないとすぐに見破られるから気をつけて」
なるほどね、と北条はニヤリと笑う。
今年の発掘素材っていうところか。
沓澤の見立ては間違っていないようだ。
しかし、沓澤といえば……。
また頭の中を別のことが半分支配し始めた。
※※※
それから、授業が終わる直前のことだ。
忘れない内に。北条は学生達に向かって半ば脅し文句のように告げた。
「……昨日、発覚したことがあるんだけど」
学生達は何だ? という顔でこちらを見る。
「一ノ関の使っていたスマホが紛失していることが発覚した。見つけ次第、ただちに報告すること。それと、見つけたとしても絶対に素手で触らないで。万が一、教官室に忍び込んで盗み出したなんていう奴がいたら……どうなるかわかってるわよね?」
教場内が静まり返る。
「これで授業は終わりよ」
教場当番の学生が号令をかけ、敬礼を交わす。
果たして名乗り出る人間がいるだろうか。




