美人局っていう可能性は?
≪水曜日≫
目の前で生徒達が上手くない『職務質問ごっこ』をしているのを見ながら、北条は器用に脳を半分ずつ使用して、あれこれと考え事をしていた。
考えなくてはいけないことが多すぎる。
その一つが昨夜、新たに発覚した事実。
一ノ関の私物であるスマホが紛失していた。
午後7時ごろだっただろうか。彼の両親が息子の遺品を引き取りにやってきた時、そのことが発覚した。
一ノ関は遺体となって発見される前日の日曜、練交当番だったから、手元に携帯電話を持ってはいなかったはずだ。
勤務中、電子機器の類は一切、教官室で保管することになっている。
誰かが盗んだという可能性だって考えられる。日曜日の教官室は当直の教官がいたとしても、離席している時間が多く、学生に電話番をやらせたりすることもあるから、隙は多い。
しかも保管しているキャビネットの鍵は壊れていた。
いつもは教官が目を光らせているから、そう簡単には手出しできないのだが。
ひょっとするとその携帯電話には、一ノ関を殺害した犯人にとって、知られては困る内容が書かれていたのではないか。
やはりあれは殺人事件で間違いない。
改めて北条はそう認識した。
「そのカバンの中身を見せてもらってもいいでしょうか?」
「……なんでですか?」
「えぇと……」
今、教壇の前に立ってRPGを行っているのは女子学生が1人と背の高い男子学生が1人。
警官役の女子は困惑した顔で、助けを求めるように不審者役の男子を見つめている。
彼女の表情を見ていてふと、北条は珠代のことを思い出した。
とても辛そうだった。
当たり前だ。彼女は自分の夫を心底から愛している。
妻以外に、女性の影がちらついていること。
あのDMに書かれていたことが、万が一にも仮に悪戯ではなく真実だったとしたら?
あの写真が捏造ではなく本物なら。
そんなことが組織にバレたりしたら、彼は瞬く間に職を失うことになるだろう。
まして一ノ関のことで上がピリピリしている今は、なおのこと。
その時、ふと北条の頭に一つの仮説が閃いた。
【美人局】
沓澤に恨みを抱く学生が、仲の良い女子を使って、彼が未成年に手を出しているというでっち上げの【事実】を作り上げ、あらぬ嫌疑をかけて評判を落とそうという企み。
そんなことをしそうな学生に心当たりがある。
例えば寺尾。
幼い頃から何か格闘技をやっていたらしく、確かに実力はある。
だが、経験値という点で沓澤には敵わない。時々調子に乗って、頭を押さえつけられることだってある。
沓澤は良くも悪くも人を見ない。相手が誰だろうと、生徒である以上は平等に指導する。
寺尾という生徒について言えば。
学術も実技も成績はそこそこ。だが、どこか自分は選ばれた人間だという妙な自尊心が透けて見える。そのため他の生徒を見下す傾向も強い。
彼のあの日記を見れば、どれだけ自己愛が強いかがよくわかる。
そんな男が指導の名の元に、同じ教場の生徒達の前で恥をかかされる。
何とか逆襲できる術はないか。
ありうるとは思ったが、そう考えれば考えるほど、溜め息をつきたい気分になる。
「……もういいですか?」
不審者役の生徒が苛立ったように言う。
結局、相手から何も不審なものを見つけられなかった生徒は、悔しそうに歯噛みしている。
「……今のは何が問題だったか、答えられるのは?」
北条は出席簿を開いてざっと目を通した。
「それじゃあ……亘理!!」
はいっ、と返事をしたのは女子学生であった。
ほとんどの女性警官達が動きやすさと、乾く時間を考えて髪を短くするのに対し、彼女は黒いロングヘアをまとめ髪にしていた。
「あ、あの……」
どこがいけなかったのかよくわからないらしい。彼女は視線を彷徨わせ、辺りを見回す。
そうしてある一点で止まった。
上村柚季の背中を見ている。
しかし相手は当然ながら、まったく気付いていない様子だ。
「……すみません、わかりません……」
北条は深く溜め息をついた。
「だったら……誰か模範演技をできる生徒はいないの?」
すると「はい!」と真っ先に手を上げたのは上村柚季である。
その表情は緊張感も気負いもなく、ただ淡々としていた。
そうかと思えば次の瞬間。彼は何かを企んだような笑みを微かに浮かべた。
「恐れ入りますが、相勤者を指名してよろしいでしょうか?」
「……好きにしなさい」
すると上村は振り返り、
「藤江巡査」と、周を指名した。
いきなり名指しされた周は少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。
やってやろうじゃないか……そんな心意気にも見える。




