僕、千里眼の持ち主じゃないよ?
今日は昨日に比べたら、食堂の空気は少し明るい。
他の学生たちは皆、一日を乗り切った解放感で足取りも軽く、雑談を交わす余裕もあるようだ。
が、周は気が気でなかった。
なんでよりによって、和泉が……!!
だが、彼がここへやってきた理由になんとなく予測はつく。
おそらく一ノ関の事件のことで、内部を調べに来たに違いない。
普段はヘラヘラと掴みどころのない人間だが、ああ見えて刑事としての能力、推理力は卓越している。
周が高校生だった頃に起きたいくつかの事件において、真相を見抜き、真犯人を挙げた実績を知っている。
あの澄んだ瞳は時々だが、何もかもを見透かしているような……そんな気さえする。
でも、なぜだ?
捜査1課と言えば殺人事件を扱う部署だ。
つまり、やはりあの事件は本当に自殺なのかどうか。誰かがそう疑っている?
まさか自分も疑いの対象になるのだろうか。
そう考えたら、少なからず暗い気持ちになってしまった。
なるべく顔を合わせないようにしよう。
周はそう思って、どこかに和泉がいないかを確認した。
すると。
……見つけた!!
和泉は食堂の一番隅っこ、目立たない場所に陣取り、何がおかしいのかニコニコ笑顔で、それでいて油断なく周囲に視線を巡らせている。
……ように、周には見えた。
見つからないよう、声をかけられないよう、背の高い倉橋の影に隠れて、いつものお気に入りの席に無事到着する。ほっと一息。
今日の夕食もメイン料理の付け合わせに、やはり千切りキャベツとポテトサラダ、アスパラガスと串切りトマトがついていた。
いつものように向かいではなく周の隣に腰かけた陽菜乃は、それこそ電光石火の勢いで自分の皿のトマトと、周の皿のアスパラガスを取り替えた。
そう言えば。
今日の昼食の時、彼女が宇佐美梢とやりあった場面を思い出した。
「……なぁ、あれから沓澤教官に絞られたか?」
「え?」
陽菜乃は付け合わせのポテトサラダを口いっぱいに含んだ状態で、目を丸くする。
何の話なのかわからないらしい。
「昼の話だよ。お前、教官室へ呼び出し喰らっただろ?」
「……ああ、うん……」
「やっぱり怖いんだろうな……顔からして既に」
造りがどうこうというより、ただでさえゴツい体つきに、ギョロリとした大きな目。眉間に刻まれた深い皺や、やや厚めの唇。
決してケンカを売っている訳ではないだろうが、あの鋭い眼つき。
できることなら近寄りたくはない。
「……沓澤教官はすごく、優しい人だよ」
陽菜乃はこちらを見ないで、やや俯きがちに小さな声でそう言った。
「へっ?」
まぁ、確かに。
先日包ヶ浦公園で妻子と一緒にいるのを見たが、子供に対してはごく普通の優しいお父さんだったと思う。
授業中はとにかく厳しいが、それ以外の時間は案外普通なのかもしれない。
かくいう自分の姉だって、日頃は物静かで優しいが、仕事となると人が変わる。
義兄は時々休みの日に、旅館業の方も手伝っているそうだが、きっと散々しごかれているに違いない。
ざまぁみろ……。
「……藤江君?」
無意識のうちに笑っていたらしい。
気まずいのをごまかすために、周はまわりを見回した。すると。
意外な光景が見えた。
上村が和泉と向かい合って、何か話をしている。




