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思えばこの夫婦の場合、初めに珠代の方が沓澤に縁談を持ちかけて欲しい、と上司に頼んだのだそうだ。
声を掛けられた彼は初め、宝くじで一等が当たったと言われたかのような、信じられないという顔をしていた。何しろ旧姓成沢珠代と言えば、県警一と言われるほどの美人で有名だったのだから。
一方の沓澤はと言えば、元々奥手なことに加え、自分の容姿に強いコンプレックスを持っていた。
だから初めは、ただの悪戯だと思っていたそうだ。
北条に言わせれば沓澤はいたって普通の、どこにでもいる平均的な顔立ちなのだが。
おそらく、だが。彼の場合は幼い頃に、誰かから姿形のことで心ない言葉を投げかけられ、それがトラウマになっているのではないかと察している。
それが。あれよあれよという間に見合いの日取りが決まり、いざその席に行ってみて、本物の珠代が待っているのを目にした時、彼は夢じゃないことを知ったそうだ。
断る理由がない、というよりも……こんな話が自分のところに舞い込んだこと自体が奇跡のようなものだ、と彼は言っていた。
話はとんとん拍子に進み、そうして現在に至る。
美女と野獣カップルだと揶揄されつつも、子供も誕生し、ごく平凡ながらも幸せな家庭を築いていると北条は思っていた。
実を言うと、珠代のことを思慕していた男は他にもたくさんいた。
だからこの二人の結婚が決まった時は、それこそ蜂の巣をつついたかのような大騒ぎであった。
表に出す出さないの差こそあれど、沓澤が大勢の男達の恨みを買ったのは間違いない。
ひょっとすると……そのことで今も彼を妬んでいる誰かが、意図的にこんな性質の悪い工作をしかけた……?
北条は嫌な気分を隠しきれず、つい顔に出していることを自覚しつつ、
「ねぇ、前にも聞いたかもしれないけど。もし、その浮気の方の疑惑が万が一にも真実だったとしたら……あんたはどうするつもり?」
「……」
「別に、返答次第でどうこうなんて言わないわよ。あんたはアタシの大切な友達だし、できることなら円満に解決したいじゃない」
北条は水を口に運んだ。
その冷たさで少しだけ、怒りも納まった気がする。
「……私はあの人を信じています……と、言いたいところですけど」
「けど?」
珠代は目を逸らし、あらぬ方向へ視線を向けた。
「時々、真実かも知れないって思うこともあります。あの人、自覚がないんです。自分は醜いって、とてもじゃないけど、女性に好かれるような男ではないって。でも、違うんです。そういうことじゃなくて」
黙って北条は、彼女の言葉の続きを待つ。
「優しくて……人に頼られると、どこまでも親身になってしまう……そういう人だから。あの人にそのつもりがなくても、女の子の方が本気になってしまうことは、きっとあると思うんです」
それは充分に考えられる。
「……あんたが一番、あいつのことを理解してるみたいね」
北条が微笑んでそう言うと、珠代は少しだけ笑ってくれた。
それから時計を確認する。
「悪いけどそろそろ学校に帰らなきゃ。自殺した学生の件については、今こっちでいろいろ調べてるから、絶対に誰にも言わないで。もちろん、沓澤ともその話はタブーよ?」
「承知しました」
北条は伝票を手に取って立ち上がる。
「珠代、最後に一つだけ」
珠代は不思議そうな顔でこちらを見上げる。
「沓澤はいい男よ? あんたの兄貴も、アタシも認めただけのある……ね」




