隊長さん、参上!!
上村についてクラスメート達はいつも囁き合う。
「……あいつさ、実技じゃさんざん俺達の足引っ張ってるくせに、座学じゃ抜きんでてるからって、いい気になってるんだよ」
「なんでキャリアを目指さなかったんだろうな?」
彼は少し、いやかなり周囲から浮いていた。
同い年であることだけは知っているが、それ以外はまったく知らない。
彼は自分のことも話さないが、他人にも一切の関心を示さない。初めは周も気を遣っていろいろ話しかけてみたが、ほとんど反応はなかった。
外見のことだけをいえば、顔立ちはとても綺麗だ。背丈は低めだが。
入校当初は女性の同期生達の関心を一身に集めていたものだ。
彼女達はこぞって上村に声をかけ、キャーキャー言っていた。
が、その内に誰一人まともに相手にしてもらえないとわかると、ほとんどの女子が近づかなくなった。
同じクラスに所属する他の男子達はといえば、体育の授業になると必ず足を引っ張られることを知っているので、彼の顔を見るなり舌打ちする者もいた。
中にはあからさまに、早く辞めちまえ、というのもいる。
それでも上村はまったく表情を変えることもなく、今も一人黙々と床にモップをかけている。
なぜ彼は警察官を目指したのだろう?
一度は聞いてみたかった。
「なぁ、あとは俺がやっておくから。少し座って休んでな」
倉橋はそう言ってくれたが、周は躊躇した。確かに腕を上げるのも億劫なほど疲れている。
「でも……」
「いいから。もし見つかって何か言われたら藤江巡査は体調不良のため、って答えておくからさ」
彼はいつも優しい。
少しだけ、その言葉に甘えようかな……と思ったその時だ。
「お前ら、前から疑問だったんだけど……そういう関係?」
と、ニヤニヤ笑いながら声をかけてきたのはやはりクラスメートである寺尾弘輝だった。
「そういう関係って、なんだよ?」
倉橋がやや剣呑な口調で訊ねる。
普段は温厚な彼も、寺尾のことをあまり好ましく思っていないらしい。絡まれると途端に不快そうな表情になる。
「いやぁ、男子校もそうだけど、こういう圧倒的に野郎ばっかりが集まる場所って……絶対に一人か二人はいるんだよ……そっち系がさ」
と、寺尾は小指を立てて頬に当てて見せた。
バカバカしい。
周は無言で、くだらないことを言う同期生をチラリと見てから掃除を再開する。
寺尾に関して言えば、背が高く、子供の頃から何かスポーツをしていたという体つきは立派で運動神経もいい。だから実技関係に関しては確かに好成績を収めている。
ただ、周は彼が根本的に自分と合わないタイプだと知っている。
いつも他人をからかいのネタにし、下品な内容で笑いを取る。
だから自分からは話しかけたり近づいたりはしないことにしている。
しかし寺尾の方は周のことが妙に気になるらしく、何かとちょっかいを出してくる。
今もそうだ。
「いや別に、お前らが同性カップルだろうがなんだろうが、全然かまわないけどな」
「ふざけるなよ!!」
良し悪しは別として、その手の誤解に慣れてしまった周は何とも思わなかったが、倉橋の方はそうではなかったらしい。顔を赤くして怒っている。
周は咄嗟に倉橋のジャージの袖をつかんだ。
制止が効いたらしい。
しかし、ホっとしたのもつかの間。
友人は何度か深呼吸した後、相手を睨み、
「……お前、あいつが周に気があるからって、妬いてんだろ?」
さっ、とハケで塗ったかのように今度は寺尾の顔が紅くなる。
「周のことで妙な噂を流して、誤解を植え付けようっていう魂胆なんだろ。見え透いてんだよ」
「……てめぇっ!!」
寺尾がさっと腕を振り上げる。
マズい。
生徒同士のケンカ騒ぎなんて、見つかったらどんな罰則が科せられるかわからない。
周が咄嗟に倉橋の肩をつかもうとした、その時だった。
「あんた達、生徒同士の揉め事が御法度だってことぐらいわかってるわよね?」
教場の入り口方向から声がした。低い男の声。
だが、しゃべり方がおかしい。
そして。周はこの声を、話し方を知っている。
たぶん、あの人だ。
ふっ、と突然、身体が宙に浮く感覚。
驚いて周は思わずじたばたと手足を動かしたが、力でかなう相手ではない。
視線だけを動かし、下方を確認すると……。
警察官のくせにやたら長い髪、高い身長にゴツい身体、綺麗に整った顔。
そのまま大人しく腕に抱っこされたままになっていると、その人は言った。
「何よ、もしかして、二人でこの子のことを巡って争ってるの?」
「違います!!」
「……残念だけどね、この子はアタシの下僕だから。手を出したら、卒業できないと思っておきなさいよ?」