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頭が混乱しています

「学生さんの自殺に関しては、私はまったく見当違いだと考えています。その5年前の時も、今回のことも」

 珠代は顔を挙げ、そう言った。

「あの人は気持ちの優しい人です。厳しいのと虐待は、まったく別物です。私だってあの学校を卒業した人間だからわかります。確かに、人としてどうなのかと思う陰湿な教官もいました。気まぐれで学生を無意味に叩いたり、言いがかりをつけた挙げ句、特訓と称して何度も道場で投げ飛ばしたり……私のいた時にも、そういうことは何度かありました。けれど沓澤は違います」

「……」


「身内ゆえの感情論だと仰いますか?」


 北条は首を横に振る。

「アタシもあいつのこと、よく知ってる。あんたの言う通りよ。そりゃね、沓澤も時々はムシャクシャして学生に八つ当たりすることだってあるけど。でも、後になってものすごく悔いているのも事実だわ」

 珠代は顔に安堵の色を浮かべたが、すぐにまた暗い表情に戻ってしまった。


「実は、それと……もう一通……あるんです」


 もう一通?

 北条は指で画面をタップした。


『それなのに。沓澤は今、あろうことか未成年の女子学生に下劣極まりない欲情を催し、他の学生が見ていないところで特訓と称し、卑猥な行動にうつつを抜かしている』


 やや暗くはあったものの確実に沓澤だとわかる男と、顔はモザイクで隠してあるが、初任科の学生が着ているジャージ姿の若い女性。


 2人が向かい合って立っている写真である。


 しかし、これだけでは……。


 こちらの言いたいことを察したかのように、珠代は口を開いた。

「これだけでは、何とも言えないのは分かっています……」


 他にもないか、北条は画面をタップした。別の写真があらわれる。


 沓澤が誰かに笑いかけている。角度からして、隠し撮りしたのが明らかだ。

 拡大しなければわからないが、一番端に女子学生の姿が映っている。顔は見えない。


 さらに、コメントにはこんなことが書いてあった。

『奥さん、別れるなら早い方がいいよ?! 慰謝料をがっぽり取ってやりな』


 人のスマホを壊す訳にはいかないが、気分的にはこのまま、電話を床かテーブルに叩き付けてやりたいところだ。

 それぐらい、北条は激しい苛立ちを覚えていた。


「そうね。残念だけど……この写真だけじゃ、ね……」

 そうですよね、と珠代も俯いてしまう。


 北条はコーヒーを一口啜り、

「旦那の携帯電話……スマホをチェックしたりは?」

 珠代は首を横に振る。

「そんなこと、しません……」


 ま、そうよね。

 彼女の人となりはよく知っている。たとえ相手が夫であっても、プライバシーを侵害するような真似はしないだろう。


 珠代はしばらく何か考えていたようだが、思い切って、といった感じで再び口を開く。

「実は……昨日、電話がかかってきたんです」

「あんたの携帯に?」

「いえ、自宅の方の固定電話です」

「なんて?」

「……早く、主人と別れてもらえないかって」


 北条は黙って頭の中でいろいろな可能性を考えた。それもできることなら、珠代が危惧している【事実】を否定してくれるような。


 沓澤は実に奥手でシャイな男だ。それを知っていて、優遇して欲しい女子学生が色仕掛けをしてきたとか……?

 女のあしらいが苦手な彼だから、笑顔の裏に隠された陰謀を見抜く能力は皆無だと言っていい。


 でも、それが事実だったとしたら誰が容疑者だろう?

 おそらく、このDMを送ってきたのと同じ人物に違いない。


「発信元は……ああ、どうせ非通知設定でしょうね」


 すると珠代は、

「ボイスチェンジャーを使っていました。でも一度だけ……機械が外れたのでしょうか、肉声が聞こえました。可愛らしい女の子の声で」


 女の子の声。


「私……もう、一度にいろいろなことがあって……混乱しています」 


 こっちもよ。


 北条は胸の内だけで呟いておいた。

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