幽霊からのDM
珠代との待ち合わせは沓澤の自宅と学校の中間地点にある広島駅前の、とあるカフェ。
北条は車を飛ばしてそこへ向かった。
一人でいるせいか、ハンドルを握って信号を待っていると、次々と考えなくてはならないことが頭に浮かんでくる。
一ノ関の自殺事件。
自分は今や完全に殺人事件だと確信している。彼に死ななくてはならないような理由があったとは考えにくい。
藤江周も似たようなことを言っていた。彼は一ノ関が亡くなる前の晩、いくらか遣り取りを交わしていたらしい。
それよりも……沓澤の方だ。
珠代は『また』と言っていた。
再び、とはどういう意味だろう?
北条の知る限り、沓澤は学生達に厳しいけれど、決して理不尽な体罰を与えたり、まして相手の人格を否定するような発言をしたりはしない。
確かに過去、彼の指導についていくことができずに退職した学生は何人かいた。
そういう意味で彼を恨みに思っている人間の仕業だろうか。
ふと、頭に一人の人物が浮かんだ。
しょっちゅう沓澤の悪口を言っている学生がいる。何でも過去に一度、大きな恥をかかされたらしいが。
仮にそいつの仕業だったとしても、今はそいつを責めることを考えるより、まずは珠代に会って話を聞くのが最優先事項だ。
※※※
思った以上に時間がかかってしまった。
北条が待ち合わせ場所に到着すると、既に珠代は待っていた。
「お忙しいところを申し訳ありません……」
彼女は一人だった。子供は姑に預かってもらったらしい。
「それより、いったいどういうことなの?」
「これを……」
珠代は自分のスマートフォンを差し出してきた。
画面に映し出されていたのは、先日も見た有名なSNSサイトであった。そして、先日のユーザーネームとは違う差出人からのダイレクトメール。
【204号室の幽霊】
『私は今から5年前、沓澤武明による度重なる虐待の末、精神を破壊され、身体の一部も機能が麻痺するまでに至った哀れな男である。何度も退職を強要され、挙げ句に死ねとまで言われて、果たして生きていられるだろうか。だから死を選んだ。寮の屋上から飛び降り、文字通り砕け散った』
そこでいったん、文章は途切れた。
画面をスクロールすると、次のメールがあらわれる。
『沓澤は規則を破ったと言いがかりをつけては、私に罰則として炎天下での草むしりを命じ、模範指導と称しては学生達の前で何度も組み手をさせ投げ飛ばし、卑猥な冗談を口にしては他の学生の前で恥をかかせた……』
『理由? そんなことは、私のことが気に入らなかっただけだ。なぜ気に入らなかったか? 整った綺麗な顔、父親の社会的に高い地位、そして……たった一度だけ剣道の授業で、学生達の前で面を取られ、恥をかかされたせいである』
『そして今、再び奴は同じ過ちを繰り返した。執拗なまでに罵詈雑言を浴びせかけ、何もかも否定された哀れな彼は、私と同じ沓澤による犯罪行為の犠牲者である。このままでは済むまい、絶対に』
そこでいったんメールは途切れた。
「……」
「確かに5年ぐらい前……自殺した学生さんがいたという話は、私も聞いています。主人には口止めされていましたが、実はあの時……ご遺族の方が家にお見えになって……」
「何ですって?」
「お名前は仰いませんでしたが、たぶん、亡くなられた学生さんのご家族だと思います。どう責任を取るのだと……今でも忘れられません……」
珠代は辛そうな表情をして、俯いてしまった。
「どんな人間だった?」
「それが……私は、主人から顔を出すなと言われていたので、奥に引っ込んでいてあまりよく見ていないのです。ただ、声から察するに……若い女の子だったのではないかと」
「それから、どうなったの?」
「不思議なことに、それきり何も起きませんでした。主人も何も言いませんし、私も……努めてそのことは考えないようにしていました」
店員がコーヒーを運んできたが、二人とも手をつけなかった。