親の権威をかさにきて
そこへ。
「お前ら、何しょうるんじゃ!?」
そう怒鳴りながら食堂に入ってきたのは、沓澤だった。
少しホっとする。
彼は向き合っている二人の女子生徒を見ると、なぜか一瞬だけ顔を歪めた。
それは怒っているというよりは、むしろ泣き出しそうな表情にも見えた。
しかしそれでも、彼女達の睨み合いは終わらない。
「そんなに刑事の真似ごとがしたいんなら、いっそ教官に色目を使って媚を売って、好き勝手やりたい放題すればいいじゃない!! お似合いよ、あんたみたいなお嬢様崩れには!!」
「言い過ぎだぞ!!」
周が陽菜乃を止めようと立ち上がるよりも先に、怒りで顔を真っ赤にした梢が、腕を振り上げた。
パァンっ!!
ものすごい音がして、梢に頬を叩かれた陽菜乃がバランスを崩す。
梢は上背もあり、体格も良い方だから、平手とは言え本気で叩かれたらかなりの威力だろう。
それに比べたらやや小柄で細い陽菜乃の身体は、ぐらり、とよろめき倒れていく。
危うく、後頭部がテーブルの角にぶつかりそうになった。
周は咄嗟に陽菜乃を庇おうとして動いたが、それよりも早く腕を伸ばして彼女を抱き止めたのは、沓澤の方だった。
全員がホっとしたのも束の間。
バチン、という痛そうな音が食堂内に響いた。
叩かれたのはどうやら、宇佐美梢の方だったようだ。
「……二人とも、後で教官室へ来い……」
梢も陽菜乃も揃って頬を腫らしている。
女の子だからきっと、手加減はされたんだろうけどな……などと余計なことを考えながら、周は早足で去っていく沓澤の後ろ姿を見守った。
しばらくして、
「あの話って、本当みたいだな……」
隣で倉橋がぽつり、と言う。
「何だよ、あの話って」
「知らないのか? 宇佐美の父親って、現警備部長なんだ。それでもって伯父さんは公安委員長」
「ふーん……」
「親族一同、警察関係者なんだって。それも幹部クラス」
道理であの態度の大きさな訳だ。
親の権威をかさにきて自己中心的に振る舞う人間を、周は今までだって嫌というほど見てきた。
くだらない。
周はすっかりぬるくなったお茶を一気に飲み干し、トレイを手に立ちあがる。
それを見た倉橋が急いで残りの食事を片付けにかかる。
既に食べ終えていた上村はまるで何ごともなかったように、手に持っていた参考書を無言のまま広げていた。
気まずい空気の中、食事を終えて周が食器返却口にトレイを置いて廊下に出ると、すれ違った他の教場の女子生徒が嬉しそうに会話していたのが耳に入った。
「ねぇ、今日の臨時講師で来てた教官、めっちゃイケメンだったよね~?」
「うん、ほんと!!」
「緊張してたのがわかって、ぶち可愛かった」
「臨時じゃなくて、今後ずっと来てくれるといいのになぁ」
へぇ、そんなイケメンの講師がいるのか。
……和泉だったりして。
まさかな、と周が一人で笑っていたら、近くを通りかかった生徒に奇異な目で見られた。