第一次大戦勃発!!
周が昼食の乗ったトレイを手にいつものお気に入りの席に腰かけると、すかさず向かいに陽菜乃が座る。
そして右隣には倉橋。これもいつものお約束である。
「ねぇ。さっきの教官、すごい美人だったよね~?」
陽菜乃が笑顔で話しかけてくる。
それは否定しないが、あんなグロい死体の話を聞いた後の、今日のメニューがよりによって【ハンバーグ定食】とは。
周はまず、付け合わせのトマトを口に放り込んだ。
そう言えば陽菜乃はトマトが苦手だと言っていたっけ。
近くに教官がいないことを確かめてから、彼女の皿の串切りトマトを取り上げる。
「もう調子はいいのか?」
倉橋が陽菜乃に声をかけると、
「うん、ありがとう。もう大丈夫よ!」
昨日の部活の時間帯は真っ青だったが、今日は確かに元気そうだ。
「なぁ……あのさ」
友人は陽菜乃に何か質問しようとして躊躇している。
「なに? 倉橋君」
「寺尾と、その……もしかして、実は付き合ってんの?」
さっ、と陽菜乃の顔色が変わった。
「そんなんじゃないよ!! なんでそうなるの?!」
どうやら怒らせてしまったようだ。
腹立ちまぎれなのか、彼女は箸を垂直にハンバーグに突き刺す。
「おい、見つかったらどやされるぞ?」
周はこそっと告げた。行儀が悪いのを見つかっても叱られる。
倉橋はやや気圧されたように、のけぞりつつ、
「いやだって、昨日の部活の時の……なんていうか、ほら、あれだよ。まるで少女漫画のヒロインとその相手役の、一場面を見ていたかのようっていうか……なぁ?」
周にはそうは見えなかったが、彼にはそう見えたのだろう。
そもそも少女漫画を読んだことがない。
「倉橋君って、意外と夢見がちな乙女なんだね」
友人がムッとしたのがわかった。
その時だ。
「ねぇ、藤江君、倉橋君も。こっち来てよ」
宇佐美梢が呼びつけてきた。陽菜乃のことはお呼びでないらしい。
どうする? と、倉橋が目で問いかけてくる。
周は目だけでほっとけ、と答えた。どうでもいいが、ここの味噌汁はいつも出汁が薄い……と、思いながら口の中のものを流し込む。
すると、梢の方からこちらにやってきた。
周の右側は空いていたので、彼女は迷わずそこに腰かける。
「今ね、皆で話してたんだ。一ノ関君って……ほんとに自殺なのかな?」
周は箸を止めた。
「その話は厳禁のハズだろ?」
こいつ、本気か?
北条はどこにいる?
しかし北条どころか、他の教官も、叱る人が誰もいない。
「俺は関わらないから」
巻き込まれるのはごめんだ。
確かに彼の死については、かなりの動揺を覚えているし、短い間とは言え、仲間だったのだから、悲しいとも思う。
でも、教官の命令に逆らうつもりはない。
「藤江君って、ほんと優等生よね。上村君もだけど」
その名前を出されてふと、周は上村の姿を探した。大抵の学生が仲の良い者同士、向かい合ったり並んだりして食事をしている中、彼はいつも日当たりが悪く、テレビからも遠い席に一人で腰かけている。
見つけた。いつもと同じ場所だ。
そして、その優等生はアンテナを張っていたらしく、すくっと立ち上がるとこちらへズカズカと歩いてくる。
「君は教官に言われたことを忘れたのか? 一ノ関巡査の件に関しては、一切口にするなと」
しかし宇佐美梢はまったく怯むこともなく、
「ちょうど良かった、そう言えば二人ともあの時、一ノ関君の部屋の様子を見てきたんでしょ? 詳しいことを聞かせてよ!」
この女はバカなのか、それとも……。
「そんなことを訊いてどうするんだ?」
思わず周は口を挟んだ。
「だって、仮にもし殺人事件だったとしたら? このままじゃ有耶無耶にされちゃうわよ!! 上村君も藤江君も、刑事志望なんでしょ?! 私達の手で真相を明かすことができたらすごいじゃない。これは一種の模擬捜査よ」
そんなことが許されるはずもない。
そもそも広島県警という組織に所属している警察官という時点で、思いつくまま私立探偵のごとく好き勝手に振る舞える訳ではないのだ。
彼女にはその自覚がないのだろうか?
そう言えばなんとなくちらりと、父親が県警の幹部だとかなんとか、そんな話を聞いたことがある。
女王様は自分が選ばれた特別な存在だ、と思っていらっしゃるのだろうか。
「バカなこと言わないで!!」
そう叫んで立ち上がったのは陽菜乃だった。
「何様のつもりなのよ?! そんな好き勝手なことして、許されるとでも本気で思ってるわけ?! パパが庇ってくれるから、自分だったら何をしてもいいって、そんなの思い上がりもいいところだわ!!」
自分が言おうとしていたことを全部、彼女が言ってしまった。
『パパがどうこう』と、言うのはやや謎だが……。
「何よ!!」
二人の女子は立ち上がる。