不謹慎にもほどがある
和泉は長野と聡介に、北条に呼び出された事情を説明した。
周と同じ教場の学生が首を吊って亡くなった件について。
遺書らしき文章、自筆のサイン。
確かに自殺を疑う根拠は薄い。
だが。
本当に自殺なのかどうかを疑う声がいくつかある、とも。
「それはかなり、胡散臭いにおいがするのぅ……あのゆっきーが怪しいちゅうんなら、ほんまに疑わしいんじゃろ」
長野が呟くと、聡介が少し嫌そうな顔をした。
彼の場合は決して面倒事を抱えたくない、などという理由ではなく、あんなことを言わなければ良かった……という後悔の念であることを、和泉は知っている。
『……もし、周君のいるクラスで何か事件でも起きたら、お前を潜入捜査官として初任科に送りこむよう課長に進言してやるよ』
「自殺だったとしても、これって立派な事件ですよね?」
「……」
「なぜ彼は死を選んだのか? そこには間違いなく、重大な裏が隠されているに違いありません。僕はそのあたりの真相を調べて、マスコミに知られることのないよう、秘密裏に真実を明らかにしたいと思います!!」
キラキラ。
不謹慎だが、今きっと自分の瞳は輝いている。
そうして思いがけない嬉しい指令が。
「よし、彰。お前が教官になりすまして、学校内の様子を探って来い」
「マジ?! やったぁ!!」
長野と和泉、2人で親指を立て笑い合っていると、聡介の深い溜め息が聞こえた。
聞こえないふり……っと。
こっちから土下座してでも頼みたいことだった。
周のいる50期生のクラスに教官として潜り込む。
棚から牡丹餅って、たまにはあるんだね……。
※※※※※※※※※
≪火曜日≫
沓澤珠代から突然、携帯電話に着信があったのは、北条が制服のボタンをすべて留め終えた時だった。午前9時少し前。
学生達と共に朝のトレーニングと朝食を終え、これから座学の講義が始まるという時間帯である。
「もしもし、どうしたの?」
『あの、北条さん……今日、できればお会いしてお話しできないでしょうか?』
咄嗟に今日のスケジュールを確認する。
2時限目に担当している『地域警察』の授業がある。
珠代の口調はかなり切羽詰まっていた。
少しの時間、北条が返事を保留にしていると、
『……主人が受け持つ教場の、学生さんが亡くなられたって本当ですか?』
誰に聞いたのか、北条は思わず電話越しに珠代を詰問してしまった。
この件は内部の人間しか知らないはずだ。まさか沓澤が話したりするわけがない。
『昨夜遅くに……メールが届いたんです。主人が、また学生さんを追い詰めて死に至らせたのだ……と』
「……」
電話で話すことではない。北条は咄嗟にそう判断した。
そこへ、
「おはようございま~す」
などと、こちらの気も知らず呑気にやってきたのは、和泉である。
昨日、捜査1課長である長野警視から連絡があった。
学生の自殺事件について、事が公になる前に和泉を遣わしてある程度の下調べをさせることにする、と。
現在のところ、1課はこれといった大きな事件は抱えていないから、話はすぐに通ったみたいだ。
長野とは北条も古い顔見知りであり、そういう面でも融通してもらえたのだろう。
正直、ありがたいと思った。
和泉の能力はよく知っているし、何しろ気心が知れている。
一ノ関の死。
あれは自殺ではない。
確たる根拠がある訳ではないが、北条自身はそう信じているからだ。
「うわ~、この活動服。周君とお揃いなんて、幸せ……」
しかし。アホな顔をして、アホな発言を繰り広げている奴を見ていると、段々といらだってきた。
「アタシ、これから少し抜けるから2時限目の【地域警察】の授業、任せたわよ」
「えっ?! 周君のクラスですか?!」
「隣のクラスよ」
「……」
頼んだわよ、と言い残して北条は部屋を出た。