空気を読め
ちはやれいめいさんから、コラボイラストいただきました!!
エビえもんの指でバランス勝負をするエビ太とヤマネ
「ねぇ、なんで僕の指で勝負をしてるの? もう疲れたから動いていい?」
「駄目エビぃーーー!」
「そうだぜぃ! 男なら真剣勝負を邪魔しちゃいけねぇぜぃ!」
ヤマネとは?
詳しくはこちら。
【ムゲンノイチノアリス】
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すると、ちょうどそこへ宇佐美梢が通りかかった。
「おい、宇佐美巡査!! 頼む、水城巡査を医務室へ連れて行ってやってくれ!!」
この2人が犬猿の仲なのは知っている。しかしまさかこんな時にまで、いつもの妙な張り合いを表に出したりしないだろう。
しかし彼女は陽菜乃を一瞥すると、
「ちょっと待ってて」と、後ろを振り返る。
「何言ってんだよ、早くしろよ!!」
「ねぇ、寺尾君!!」
寺尾が近くにいるのか?
「王子様の出番よ、ほら」
「陽菜乃?!」
寺尾は血相を変えてこちらに走ってくると、陽菜乃を抱き上げた。
力のある彼は、ふらついたりよろめいたりすることなく、真っ直ぐに医務室の方向へ向かって走り出す。
俺にはできないな……と、周は変なところで感心してしまった。
それにしても。
「……なに?」
こちらの視線に気付いた宇佐美梢が、眉根を寄せてこちらを見つめ返す。
「いいじゃない。私が肩に担ぐよりも、近くにいる彼が運んでくれた方が効率的だし、本人だって喜ぶでしょ」
「別に俺、何も言ってないけど?」
梢はさっと顔を紅く染め、怒りの表情をしてみせた。
「藤江君って、刑事志望だったっけ?」
「……それが何なんだよ?」
「覚えておくわ」
聞き様によっては【捨て台詞】とも思える。宇佐美梢は謎の言葉を残して、なぜか来た道を戻っていってしまった。
部室に戻ると倉橋が、困ったような顔をして将棋盤の前に座っていた。
「もしかして、俺のせい……?」
「なんで」
「幽霊なんて話、今はまずかったよな……」
「護が気にすることない」
きっと誰も、精神状態が不安定なのだ。
仲間が自ら命を絶ったという情報に、気持ちをかき乱されている。
※※※※※※※※※
和泉は印刷された書面を何度も見直した。
午前中、突然、長野課長を経由して北条に呼び出された。
『今すぐ警学に来い』
あの人はいつも唐突で、詳しいことを教えてくれない。そういうのにもすっかり慣れたので、あまり深く考えずに、ここへ来た。
それに。何と言っても周の姿を間近に見られる。
そうしてやってきた時、初めて和泉は事の次第を知らされた。
今朝、学生の一人が首を吊って亡くなっているのが発見されたのだという。
遺書と思しき書面も遺されている。
そして部屋は密室だった。
しかし北条はどうも、この事件が自殺だと断定することに納得がいかないようだ。そこで和泉を呼び出し、現場を見せ、意見を聞きたかったのだという。
「確かに、遺書に見えなくもないですね……」
北条が眉間に皺を寄せる。
あまり苛立たせないうちに、急いで追加する。
「見ようによっては、誰かに対する謝罪文とも取れます。別に死ぬつもりはなかった。ただ、胸の奥にしまい込んである罪悪感を吐き出して、スッキリしたい……その方がこの先の人生、楽ですからね」
「あんたの言う後半の読みが正しいとしたら、自殺じゃないわね」
北条は長い前髪をかき上げながら言う。
彼は日頃、どんなふうに生徒達に接しているのだろうか。HRTの部下達に対しては基本的に厳しい。だからといってそれはパワハラではない。
彼は自分の部下達を心底から大切にしている。よく観察している。
だからこそ、何か異変があればすぐに気がつく。
自分の受け持つ教場の生徒達についてもそうだろう。
長期過程の彼らは社会人経験のほとんどない、いわばひよっこである。18や19歳など、まだ子供の範疇だと和泉は思っている。そうして。
子供の世界には無邪気で残酷な現実があるということも。
「仮に他殺だったして、彼に何か恨みを持つ人物は?」
「……わからないわ。どちらかというと目立たない子だったし、いつも大きい子の後ろに隠れてるタイプだもの」
「と、なると……過去に誰かから恨まれるようなことをしたとして、従犯に過ぎなかったということでしょうかね」
和泉は椅子に背を預け、思い切り伸びをした。
「自殺で片づけられるから、帳場も立たない、解剖もされない。でも……納得いかないのよ」
「なぜです?」
「この子、アタシに相談があるって言ったの」
「相談? 北条警視にですか」
「そうよ」
「……なんでよりによって……嘘です、ごめんなさい。で、内容は?」
「まだ聞いてないわ。今週中は忙しいから、来週って約束したの」
来週。
その約束は果たされないまま、彼は亡くなってしまった。
だが、一つだけ言えることはある。翌週の約束を取り付けた時点で、彼は決して死ぬつもりはなかったと。
衝動的に自ら命を立つ可能性がない訳ではない。それでも。
「それにね、あの子が言ったのよ。藤江周」
「周君が、なんて?」
「……一ノ関と先週土曜日の夜、会ったらしいわ。その時はとても、自殺を考えているような様子は見られなかったって」
「遺体発見時の様子をもう少し、詳しく教えてください」
和泉は俄然、興味を覚えた。
周がそう言ったから、と言う訳ではない。
複数の人間……それも一人は刑事事件のプロ……が、自殺の兆候など見られなかったというのなら。
事件化しないまま闇に葬られるかもしれない事件。それは彼の刑事としての好奇心を刺激するのに、充分すぎるほどだった。
あ、帳場って言うのは「捜査本部」の意味だエビ~。