幽霊の正体見たり、エビえもん
午後の授業が終わると、今日は教科外活動、つまりクラブ活動の日だ。
迷いなく将棋部に入ることにした周は、部活の行われる部屋へと向かった。
和泉が学生時代、近所の子供たちに将棋を教える仕事をしていたと聞いてから、いつか向き合って一局……と考えたからである。
幾通りもある闘い方に加えて、相手の出方を先読みし、深く考えなければならない。
将棋のような頭脳プレーはきっと将来、役に立つ。
それに。むしろ今は、何か他のことを考えていた方が気分的に助かるかもしれない。
倉橋もそうみたいだ。
部活行こうぜ、と彼の方から声をかけてきた。
「私も一緒に行くっ!!」
陽菜乃が走ってきた。彼女も将棋部員である。
廊下では何人かの同期生とすれ違った。聞き耳を立てていた訳ではないが、漏れ聞こえてくる会話からして、誰も一ノ関の死について話題にしてはいないとわかる。
全員、北条からの【命令】を忠実に守っているらしい。
将棋初心者の周は未だに入門書を片手に駒を進めているが、倉橋はある程度の経験があるらしい。
陽菜乃もレベルは周と同じぐらいで、どちらかというと二人揃って倉橋に弟子入りしているようなのが現状だ。
それなのに。
「ねぇねぇ、藤江君。私と勝負しようよ!」
「……」
「負けた方が、勝った方の言うことを何でも聞くっていうのは?」
不意に頭の中に和泉の顔が浮かんだ。
「……そういうの、一切なし」
「えー、なんで!?」
陽菜乃は不満そうに唇を尖らせる。
「そもそも、俺とお前じゃ勝負にならないだろ。未だに駒の名前も全部覚えきれてないクセに」
ちなみ周は、駒が相手の陣地に入った時、呼び方が変わることを最近知った。
「じゃあさ、お前ら2人で相談していいから。俺に勝負をかけてみな」
倉橋が面白そうに言う。
「やった!! 初めての共同作業~」
陽菜乃が嬉しそうに周の腕に抱きついてくる。柔らかい感触と温もりが伝わってきた。
やんわりと、傷つけないように気を遣いながら、周は彼女の腕を振りほどいた。
調子に乗ったと気付いたのか、彼女は何も言わなかった。
その時。気のせいだろうか、周は背中にものすごい悪寒を覚えた。
「……えっ?」
今度は倉橋が奇妙な声を上げた。
周が顔を上げると、友人は複雑な表情をしている。
「どうしたんだ?」
「いや、今……入り口のところに……」
周は部屋の入り口に背を向けていたので、身体の向きを変えて後ろを確認する。
誰もいない。
「人の気配はないみたいだぞ?」
「確かにいたんだよ、なんかこう、怖い眼つきでじーっとこっちを見てた……」
周は立ち上がってドアのところまで確認に行った。
「誰もいないぞ?」
誰かが走り去った形跡もない。
「気のせいじゃないのか」
「うん、まぁ……そうだろうな。まさか幽霊……なんていうことは」
省エネ、節電のため、廊下の蛍光灯は少なめに設定されている。だから昼間でも少し薄暗い場所がある。
【幽霊】
その単語のせいで、周は連鎖的に一ノ関のことを思い出してしまった。
くだらない噂話が頭をよぎる。彼が使用していた204号室の巡査が自殺し、今でもその幽霊が時々出没する……。
無理にでも頭から締め出そうとして周は頭を強く振った。元座っていた場所に戻る。
不意に、なぜか隣から振動が伝わってきた。
何かと思ったら陽菜乃が震えていた。
「おい、大丈夫か?」
顔が真っ青だ。
周は彼女の肩を抱いて立ち上がらせ、廊下に出た。
誰か女子生徒が通りかかってくれないだろうか。
自分で彼女を抱き上げて医務室に運ぶのは、どうにも荷が重い。
主に肉体的な意味で。




