真打ち登場?!
教官室に戻った北条は深い溜め息をついた。
緘口令を敷いたものの、必ず余計なことを口にする生徒が出てくることだろう。
一ノ関の自殺に関し、藤江周は何か言いたげだったが、彼に発言を許すと他の学生もああだこうだと言い始めることだろう。
「……大変なことになりましたね……」
助教の末松が青い顔で話しかけてくる。
「何か、予兆みたいなのは?」
「……何も。昨日、確か彼は練習用交番の当番で、朝からずっと詰めていました。私も当直で、時折様子を見てはいましたが、特に異変はありませんでした」
彼はそう答えたが、確実に『何か』あったに違いないのだ。
人間の眼は防犯カメラではない。
カメラと同じ機能を要求するのは酷というものだろう。
それ以上は追及せず、北条は一ノ関の成績表、つけていた日記などを注意深く観察した。
彼が特別に他の生徒より劣っているとか、そう言った要素は何一つなかった。
ただ、気になるのはあの『遺書』だ。
いったい誰に対して【申し訳ないこと】をしたのか。
あれは確実に、誰か特定の人物に向けて書かれたものだと思う。
あるいは。
無理矢理、遺書めいた物を書かされた……?
ただの自殺ではない。
そう直感した北条は、現在の直属の上司に連絡した。
殺人事件を扱う捜査1課の長へと。
そうしてしばらくして。
「失礼しまーす」
聞き慣れた声と共に、教官室の扉が開く。
「……遅かったわね」
「無理言わないでくださいよ、道路がものすごく混んでたんですから。これでも急いだんですよ?」
末松は誰だ? という顔でこちらを見る。
「こいつは捜査1課の刑事よ」
「こいつって言わないでくださいよ。和泉と申します、どうぞよろしくお願いします」
警察学校へ来ることになったからと言って、活動服に身を包むあたりがいかにもこの男らしい。
おまけに帽子まで。
和泉は呑気に部屋の中を見回し、
「それじゃ、さっそく現場へ案内してください」
※※※※※※※※※
昼食の時間になったが、少しも食欲はわかなかった。
それほど親しかった訳ではないけれど、同期生が亡くなったという事実はやはりショックだ。加えて先ほどの法医学の授業で見た生々しい写真が頭に残っていて、あまり箸が進まない。
北条はこちらの話をまともに取り合ってくれないし。
しかし、それは周だけではなかったようだ。
向かいに座る水城陽菜乃も同様で、ほとんど食物に手をつけていない。
「……大丈夫か?」
頭を上げた彼女は、血の気のない真っ白な顔をしていた。
「あんまり大丈夫じゃないけど、そうも言ってられないでしょ」
周に答えたというよりは、自分自身にそう言い聞かせたという感じだった。
陽菜乃は箸を改めて持ち直し、次々と食べ物を口に詰め込み始めた。幸い、今日は彼女の食べられない物が皿に乗っていないようだ。
それに対抗する訳ではないが、周も早くしないと、と思って食事を再開した。
いつもならそれなりに談笑の聞こえる食堂が、今日はまるで通夜の席のようだった。
エビちゃ!!
あのね【活動服】って言うのは、要するに制服のことエビよ。
冬と夏、合服と、季節によって変わるらしいエビ。