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エマージェンシーコールなんじゃ

 やれやれ。

 深く溜め息をつきながら、聡介が自分の席に腰掛けようとした時。


「ねぇねー、聡ちゃん見て!! ゆっきーから留守電入っとるんよ」

 と、長野が嬉しそうに顔と携帯電話を近づけてくる。「一緒に聞こう?」


 ……なんで? 別にいいけど。


 ゆっきーって北条警視のことだよな、と思いつつ聡介は耳を傾けた。


 ポチっとな、と言いながら、課長が再生ボタンを押す。


『あ、謙ちゃん? アタシよ。マズいことになったわ……』


 マズいこと?


 聡介は長野と顔を見合わせた。


 課長は急に真面目な顔になり、

「ゆっきーからの、エマージェンシーコールじゃ」


 ※※※※※※※※※


 死因は頚部圧迫による窒息死。

 外傷なし、現場付近に争った形跡なし。何よりも密室だった。


「自殺じゃの」

 検視官は一ノ関の死をそう断定した。


「……解剖は?」

「その必要性は極めて低い。遺書もある」


 生徒達はおそらく、緊急事態を悟っていることだろう。様子を見に行かせたのが藤江周と上村柚季の2人で正解だった。

 他の生徒ならたちまち憶測が飛び交い、大騒ぎになっているところだ。


 生徒達の指導は助教に任せておき、北条は一ノ関が使用していた204号室の扉のすぐ前で、鑑識員の作業が終わるのを待っていた。


「遺書……?」

 北条は検視官を見つめた。


 彼は机の上に置いてあった紙きれを差し出す。



 本当に申し訳ないことをしました。

 どんなに謝っても謝りきれません。

 許して欲しいなんて言いません。



 3行の文章の下に、本人のものと思われる署名があった。


 文章そのものはワードに入力したものを印刷したようだが、そこに手書きで一ノ関の名前が加えてあった。


「お前さんがイジメ抜いたんか?」

 検視官は面白そうに言う。


 北条は殴り飛ばしてやりたい衝動を辛うじて抑えた。


 しかし。本当に自殺なんだろうか。

 どうしても違和感をぬぐうことができなかった。


 ※※※※※※※※※


 あれからどうなったのだろう?


 周は一ノ関のことが気になって仕方なかった。

 北条はあれきり姿を見せない。


 2時限目の授業は『法医学』

 科捜研から派遣されてきた講師で、痩せぎすの中年男性は、常に「え~」とか「あ~」などの前置きが入るため、なかなか集中できない。


「えー……それなので被害者の体内にまだ刃物が入った状態で被害者が動いたり、加害者が……」


 一ノ関に異変があったのは間違いないだろう。

 つい昨日まで健康だったはずの人間が、突然、重い病気にかかることはある。


 いったいどうしたというのだろう。


「はい、あ~、それじゃあ次のページ……」


 教科書のページをめくって周は思わず目を逸らしてしまった。法医学の授業なのだから当然だが、生々しい傷口の写真や、人体の一部が映っている。

 自分だけかと思いきや、他にも何人か青ざめている生徒がいた。


 しかし、講義はどんどん先へと進んでいく。

 必死にノートを取っている内とあっという間に終業時間が迫ってきた。


「え~、少し早いですが……今日はこれで終了です」


 チャイムが鳴る10分前。

 予告もなしに講師と入れ替わりに、教場へ入ってきたのは北条だった。


 いつになく険しい表情をしている。


 生徒達は皆、なんでだ? と、互いに顔を見合わせる。


「……大切な報せがある」

 彼は教壇に立つと、全員を一通り見回す。

「初めに言っておく。この件に関しては一切、校内校外を問わず、絶対口にしない。質問も許さない。もし従わなかったり、変な噂話を立てたりしたら、必ず出所を突き止めて退校させるから」


 ざわざわ……。

 生徒達の間から起きたどよめきはしかし、教壇に叩きつけた北条の拳が発した音によって、瞬殺された。


「一ノ関卓巳が亡くなった」


 教場は静まり返る。


「詳しい原因は、不明。自ら、命を絶ったと見られている」

 一語一語を、まるで噛み締めるように彼は告げる。


「以上」


挿絵(By みてみん)


「待ってください!!」

 周は急いで教場を飛び出し、北条の背中を追いかけた。


 彼は厳しい顔をして振り返る。しかし周は怯まなかった。


「一ノ関巡査が自殺なんて、信じられません!!」

 自分よりも頭一つ分背の高い相手を見上げつつ、真っ直ぐにその眼を見つめる。


「……それで?」

「それで、って……」

「アタシ、さっき言ったはずよね? この件に関しては校内校外を問わず、一切口にするなって」

「でも……!!」


 つい先日、土曜日の夜。

 一ノ関と会話した周には、とても信じられなかった。彼が自殺するなんて。


 あの時、彼は笑っていた。


『いろいろ吹っ切れて、スッキリした』

 そう言って。


「俺……いや、自分は土曜日の夜、一ノ関と話をしました!! その時の様子からして、とてもじゃないですが、自殺なんて……っ!!」


 突然、大きな手で肩をつかまれる。

 かなり痛い。

 骨が砕けるんじゃないか、周はそんな恐怖感すら覚えた。


「こっちは、あんたの感情論なんて聞いてないのよ」


 さっ、と周は瞬間的に怒りを覚えた。

 が、それ以上の発言は許されないことを、相手の表情から悟る。


「いいから、今は黙っていなさい。いいわね?」


 納得はいかなかったが、今の周にははい、としかしか言えなかった。

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