新しい課長だよ!!
毎週月曜日は朝一で管理者が集まり、ミーティングを行うのが慣例である。
そして聡介にとってこの時間は常に眠気との闘いだ。
なぜ幹部と呼ばれる人達はああも一様に、話が下手なのだろう?
しかしさすがに居眠りは許されない。太腿をつねったりして、欠伸を噛み殺すのに聡介はいつも苦労している。
そんな自分の横で直属の上司は、目を開けたまま寝ているという器用な真似をしているのであった。
去年の春から捜査1課長に就任した長野謙真警視は、少し……いや、かなり変わった人だと聡介は思う。
「では次、警備部。堤部長」
いけない、それどころじゃない。
聡介はペンを持ち直し、メモを取る用意をし直した。
この警備部長は例外的に、要点を押さえ、簡潔明瞭に話をしてくれる。
ゴルフ焼けの浅黒い肌はしかし、この頃少し、冴えないように見える。
噂だが、何年か前に奥さんと離婚して以来、独身を通しているのだとか。あの年齢で独りになってしまうと何かと生活が乱れ、体調を崩しやすくなると聞くが。
他人の心配をしている場合ではないか。
次に発言しなければならないのは捜査1課長である。
課長、と聡介は声に出さずに直属の上司の腕をつつく。
すると。やはり寝ていたようで、もぞもぞと椅子の中で身体を動かす。幸い、誰も気付いていなかったようだ。
その後。無事に会議が終わり、3階にある捜査1課の部屋に向かって廊下を歩いていると、唐突に長野が言った。
「ねぇねぇ、聡ちゃん。こないだ本通り商店街に新しい囲碁サロンができたんよ。行ってみたいんじゃけど、一人じゃ心細いじゃろ? ついてきてくれんかのぅ~?」
「はぁ……」
「あ、聡ちゃんは囲碁じゃのうて、将棋派じゃったかね?」
まさか自分のことを【聡ちゃん】と呼ぶ人物が、北条の他にもう1人あらわれるとは思わなかった。
長野という警視はまったく知らない顔だった。
聡介も長い間、あちこち異動してきたが、一度も顔を合わせたことはない。
前の課長が不祥事を起こして組織を追われた後、いったいどんな人が来るのかと不安に思っていたら……違う意味でとんでもなかった。
特殊捜査班の隊長、北条雪村警視が相当変わった人だということは、周知の事実だ。
が、今度の課長も彼並み、いや……もっと上をいく変な人だった。
前の課長は基本的に自分の執務室にこもっていて、何かクレームをつける為だけに捜査1課の部屋へやってくるのが常だったが。今度の課長はいつもウロウロと本部の中を歩き回っている。それもスキップで。
自席に座っている時間の方が少ないのではないだろうか。
彼はふらりと捜査1課の部屋にやってくると、今のように何かと仕事とは関係のない話をあれこれ振ってきては、時々肩を揉んでくれたりする。
年齢はたぶん自分とそう変わらないだろうに、動きがとても機敏だ。しかも身体が細い。
一度、ロッカーの中に隠れているのを見かけたことがある。
なぜかと言えば、部長に見つかりたくなくて、隠れていたらしい。
しゃべりながら当然のように長野は聡介と一緒に、1課の部屋に入ってくる。
それから、
「それより今朝、彰の奴、やたらに機嫌悪ぅなかった?」
彼の言う『彰』とは、和泉のことである。
長野課長と和泉。この2人は和泉が子供の頃からの旧知の仲であり、実は親戚筋だったと聞いた時は少し驚いたが、なるほど言動を見ていたらDNAは近い……とも思った。
和泉がそのまま年をくったら、こんな感じだろう。
「昨日は確か……友達と宮島に行ってきたはずですが」
そう言えば確かに、今朝の和泉はものすごく不機嫌そうな顔をしていた。
約3か月ぶりに周と会える、と言って先週金曜日夕方の、和泉のテンションがやたらに高かったことを思い出す。
「よし、本人に訊いてみようっ!!」
すると長野はなぜかポケットから、ぬいぐるみを二つ取り出した。
和泉のデスクの前にしゃがみこみ、ノートパソコンのモニター上部からぬいぐるみだけが見えるように掲げてみせる。
「ねぇねぇ、モミじー1号」
「なんだい? 2号」
「今日の彰ちゃん、朝からめっちゃご機嫌ナナメなの。どうしたんじゃろう?」
「昨日ね、可愛いハニーと久々のデートだったんよ。じゃけん、テンション上がりまくって、勢いで思わず手を出そうとしたんじゃ。ムードもへったくれもなく。そうしたらね、往復ビンタされちゃって……」
「……おい……」
「彰ちゃんってむかしから、空気読めない子じゃったもんね~?」
「ね~?」
「……いい加減、そのくだらない茶番をやめろ、このクソジジイ!!」
ぼかっ!!
「痛いっ!!」
「お前は、何度言ったらわかるんだ?! それが上司に対する口のきき方か!!」
「や~い、叱られたー!!」
課長は身軽に跳び上がって、聡介の後ろに隠れてしまう。
ふと思い出した。去年の春、初めて長野と顔を合わせた時のこと。
『あっきー、久しぶり~♪』
長野が突然、和泉に対してそう声をかけた時。
愛称で呼びかけるあたり、かなり心を許している間柄だとわかる。しかし。
お互い親しいのかと思いきや、和泉の最初の発言は。
『なんでこっちに来やがった?! このクソジジイ!!』
二重にも三重にも聡介は驚いた。
このバカ息子はだいたい、無神経でロクでもない発言ばかりするのだが、口調そのものは柔らかい。
しかし……こんな言葉遣いをするのは初めて聞いた。
初めの頃は冷や汗をかいて、かつ胃がひどく痛んだ。
が……長野の方は何とも思っていないようで笑っていた。
『ええのええの、こいつはそういう奴じゃけん。気にせんといて~』
そうは言っても……。
聡介はとりあえず拳と必死の説得で、ひとまず普通の上司に対するような話し方をするようにと和泉に言い聞かせた。
が、いっさい学習していないようだ。
まぁ、確かに。和泉がキレるのも無理はないと思う。
しかし……違う意味で頭痛がしてきた。