異常事態発生
≪月曜日≫
起床して準備を整えたら、走ってグラウンドに集合する。
朝の6時、日の出が早いこの季節、既に外気温が高い。今日もいい天気だ。
そして点呼。
全員が揃っていることを確認して、それからランニングが始まる。
その後がやっと朝食タイムである。
毎週月曜日の恒例だ。
担当教官である北条が全体をぐるりと見回し、名簿を読み上げる。
ところが。
「……せき、一ノ関!!」
50音順トップである彼の返答はない。
「もう一度呼ぶわよ、一ノ関卓巳!!」
やはり応える声はない。
北条はぐるりとあたりを見回す。周も気になって寮の方を見た。
単純な寝坊だったとして、今にも走って出てくるのではないか。そんな期待を込めて。
「……今日の教場当番は?」
「自分です」
手を挙げたのは上村だった。
「様子を見て来て」
彼はすぐに寮へ向かって走っていく。
「藤江、あんたも一緒に」
はい!! と返事をして周も後を追う。
なぜだろう、ひどく嫌な予感がした。
204号室には幽霊が出る。この部屋を何年か前に自殺した巡査が使っていた。
呪いだの、祟りだの、そんなのは心に疚しいことのある人間が作り出した妄想だ。
周の頭の中でそんな話がぐるぐると回る。
一ノ関の部屋である204号室に到着する。
上村は借りた合い鍵をカギ穴に差し込む。かちゃ、と解錠の音がした。
それから彼は、ノックもせずにドアを開けようとした。
周が驚いてその横顔を見つめていると、
「どうしてそんな顔をするんだ? 寝過ごしたりしているのだとしたら、同情の余地もない」
はいはい、ごもっとも。
しかし。どういう訳か上村はドアを開けようと必死になって、上半身を扉に押しつけて体重をかけている。
「どうしたんだよ」
「……開かない……」
鍵の開いた音は確かに聞こえた。
代わるよ、と周は上村と位置を交代した。
確かに重い。扉の向こうにつっかえ棒か、もしくは机など、何かしらバリケードが仕掛けられているのではないだろうか。
咄嗟に周は異常を察知した。
「なぁ、教官を呼んできてくれ」
上村は黙って頷き、再びグラウンドへと走っていく。
「何やってるのよ」
すぐに北条はやってきた。上村も一緒だ。
彼も何か異様な事態だと察したらしい。少し顔が強張っている。
「ドアが開かなくて……」
彼はため息交じりに周の肩をつかんで、ドアの前からどかせる。
ドアノブを握った彼も少し妙な表情をした。
「……梯子」
「え?」
「窓から中の様子を見るから、梯子を持ってきなさい!! 早く!! それか脚立!!」
※※※※※※※※※
204号室は南西向きで日当たりがよく、グラウンドに面している。
生徒達にはグラウンドを走っておくよう命じておいて、北条は梯子に乗って該当の部屋の窓に近づく。
窓にはカギがかかっていた。カーテンも閉まっている。
仕方ないので小道具を使って泥棒の真似ごとをし、窓の鍵を開けた。
カーテンを開けて最初に目に飛び込んできたのは。
部屋の扉にもたれるようにして座りこみ、頭を垂れている一ノ関卓巳の姿だった。
彼の頸部には輪っか状の白いロープが巻きつき、深く喰いこんでいた。
ロープの先端はドアノブに括りつけられている。
既に息絶えていることは一目瞭然だった。
咄嗟にいろいろな要素が頭に浮かんだが、北条はとりあえず梯子から降りることを優先した。
すぐにスマホを取り出して、ダイヤルする。
『ただ今、電話に出ることができません。発信音の後に、お名前……』
「あ、謙ちゃん? アタシよ。マズいことになったわ……」