どんな集団にも必ずいるロクでもない奴
「行こう、駿君」
サッカーボールは後で取りにこよう。
周はムカつく気分をどうにか抑えつつ幼子を腕に抱き、バーベキュー会場の方に戻ろうと踵を返した。
早足で歩きだしたのだが、それでもなお、寺尾はしつこく追いかけてくる。
「おい、聞けよ坊主」
寺尾が長い腕を伸ばし、駿の後頭部を軽くこづく。
小さな身体はたったそれだけの衝撃でぐらついてしまう。
周は振り返って、怒りを込めて彼を睨んだ。
「何やってんだよ!! 父親が、沓澤教官が近くにいるんだぞ?!」
げっ、と寺尾が顔を歪めたのは一瞬のことで、
「知ってるかぁ? お前の父親がロクでもないことをしでかしてるの」
え?
思わず周は足を止めた。
その時。
「あいつ、あんな顔して……わぃ……っ?!」
どこからか飛んできた革靴が、寺尾の顔面を直撃する。
「すみませーんっ!! ボールを蹴ったら、一緒に靴まで飛んでいっちゃってぇ~」
そんな訳あるか、と思ったがその声の主は和泉だった。
「あれ? 何ですか、寄ってたかって小さな子供を虐待ですか? いけませんね~。そういう道徳にもとる行為は、警察官としてマイナスポイントでちゅよ~?」
ぶはっ、と周は思わず噴き出してしまった。
「親に恨みがあるなら、子供じゃなくてその本人にぶつけなよ。そういうの、本当に卑怯だよ」
「なんだ、てめぇは?!」
「何って? 君達、周君……彼の同期生でしょ? 僕は君達の先輩、県警の一職員だよ」
ギョッとした顔で、今度こそ寺尾は黙り込む。
黙って様子を見ていた宇佐美梢は突然、無言のままスタスタと歩きだす。
「あ、待って!!」
西岡は急いで彼女に追随する。
寺尾は顔に靴跡をつけたまま、舌打ちしながらやはり梢を追いかけて行く。
「……一期に一人はいるんだよね、ああいうの……」
和泉が溜め息交じりに呟く。
「駿君、大丈夫? 痛くない?」
「……痛くない、泣かない!!」
そう自分に言い聞かせて、鼻を啜る幼子を見ていて、可愛いと思った。
それからふと、和泉がなぜか梢達の後ろ姿を見送っていることに周は気付いた。
「どうしたの?」
「あの女の子……どこかで見た顔のような気がするな」
へぇ。和泉が人の顔を覚えているなんてめずらしい。そう思って周はその横顔を見つめていたが、何かくだらないことを言わそうな気がしたので、目を逸らした。
それにしても。
先ほど寺尾は、何か沓澤に関する良からぬ話をしようとしたに違いない。
その【ロクでもないこと】が何なのかはわからないが、
「……警察官が皆、清廉潔白な訳じゃないよな」
周の呟きに和泉は、
「なんで?」
「人間、誰だって秘密にしたい過去の一つ二つあるってもんだ」
「……???」
それより、と和泉は周の両手がふさがっているのをいいことに、腰に手を回してくる。
「こんなところさっさと離れて、二人だけでどっか行こうよ? 美咲さんに挨拶してから……突然いなくなったから、きっと心配してるよ」
それもそうだな、と思ったが。
「おじさん」
と、駿が話しかけたのはたぶん……和泉の方だろう。
「ねぇ、おじさん」
「何だい? 坊や。僕はおじさんじゃなくて、お兄さんだよ」
「あのお兄さんが、怖い顔して手を振ってる……」
目を上げると北条が確かに、少し離れた場所で、口元は笑ってはいるが目は笑っていないという、怖い顔をして手を振っているのが見えた。
和泉のことは迷いなく【おじさん】で、北条は【お兄さん】なのか。
「やっぱり……逃げよう? 周君……」
「ここで逃げたって、あの人ならきっと地の果てまでも追っかけてくると思うよ?」
「……言えてるね」
仕方なくバーベキュー会場に戻る。
「和泉さぁあああ~んっ!!」
若い女性達が再び彼を取り囲む。
「たすけてー、周君!! 隊長さぁ~んっ!!!」
とりあえず無視。