女王様の厳しい瞳
沓澤の息子は運動神経が優れていた。
周が蹴りだすボールに即座に反応し、ちょうどいい場所へ蹴り返してくる。
やっぱり血だな……と、思った。
父親の方は割と早々に、疲れたから後を頼む、とバーベキュー会場の方に戻ってしまっていたが。
昨夜は当直だったからだろう、確かに眠たそうで、しきりに欠伸をしていた。
それからしばらく2人でサッカーボールを追いかけていると。
駿が思い切り蹴ったボールが周の頭上を遥か越え、かなり遠くに飛んでいってしまった。
周がボールを追いかけ、舗装された歩道まで走っていくと、
「あれ? 藤江じゃん」
聞いたことのある声が話しかけてきた。
「寺尾じ……!!」
巡査、と言いかけて慌てて口を閉じた。
彼は私服姿であり、手にテニスラケットを持っている。どうやらプライベートでここに来たらしい。
いつもの顔ぶれが揃っているのかと思いきや、一人足りない。
寺尾は学校では常に一ノ関と西岡とつるんでいる。
しかし今日は、一ノ関の姿が見えない。
そうだ、確か上村と練交当番を代わってもらったと聞いた。
「え、なんでお前がここにいるんだよ?!」
「……それは、話せば長くなるから……」
休みの日にどこで何をしようが勝手だが、まさかこんなところでばったり出会うとは。
「あ、藤江君だ!!」
と、嬉しそうに甲高い声を上げたのは宇佐美梢だった。
彼女もテニスラケットを持っている。
そういえば。寺尾と宇佐美が親しくしているのは知っている。どちらも同じ高校の出身だと言っていた。
となると、水城陽菜乃とも同じか。
それなのにあの二人はひどく仲が悪い。
「ねぇ、私達と一緒にテニスしようよ!! 今日はね、パパとか叔父さんとか、一緒に来てるんだ!! いいチャンスだよ?」
何がいいチャンスなのか。
訳のわからない周を他所に、寺尾と西岡はひどく面白くなさそうな表情をしている。
「悪いけど俺、こんな格好だし……この子と遊んでるから」
駿は突然現れた見知らぬ人物達を見て、怯えたように周の膝裏に隠れる。
「誰? その子……あ、もしかして」
「鬼瓦の子供じゃね?!」
と、西岡が叫んだ。
生徒達が影で秘かに沓澤のことを『鬼瓦』と呼んでいることを、周も知っている。
「おい、そういうこと言うなよ」
「うわ~マジか!! そっくりじゃん。こいつぁ、将来お先真っ暗だな!!」
何だかおかしな日本語を使って、寺尾がはやし立てる。
「なぁ、カメラカメラ!! お前、カメラ持ってんだろ?! 記念に撮っておこうぜ。こんな不細工な子供、そう滅多にお目にかかれないぜ!!」
「やめろ!!」
周は駿を隠すようにして抱き上げた。何を言われているのかわからないかもしれないが、そこにはっきりと渦巻いている、強い悪意には気付いているに違いない。小さな身体が震えている。
後ろに回り込んでこようとする寺尾を避け、足を引っかけてやろうと思ったその時。
周は宇佐美梢が思いがけない表情をしているのに気付いた。
侮蔑、嫌悪、怒り。
その視線は寺尾に向けられている、そんなふうに感じた。
日頃の彼らの様子から言えば、それは意外であった。
女王様とその取り巻き。
学校で男女が席を共にする、そう多くはない時間にいつも見かける光景だったはずだ。男達にチヤホヤされてご満悦、そんなイメージ。
だから彼女はこう言う時、高みから見物を決め込み、一切無関心。
……そう思っていたのに。
彼女は意外に正義感の強い人間なのかもしれない。