隊長さんの判断
久しぶりに会う友人の妹は、少しやつれているように感じた。
元々それほど元気はつらつ、というタイプでもないのだが。彼女は夫と周と一緒に、少し離れた場所へと走っていく息子を眼で追っていた。
「大丈夫? 元気ないわね」
北条が声をかけると、沓澤の妻、珠代はハッと顔を上げた。
「……暑くって……」
「そうね、この日差しは確かにキツいわ」
朝から気温が高かったが、今は何度ぐらいだろう?
「すみません、お忙しいのに時間を取っていただいて……」
「いいのよ、ついでなんだから」
珠代は苦笑する。
「主人から話は聞いていましたけど、驚きました。まさか北条さんが初任科の教官になられるなんて……HRTの方は問題ないのですか?」
「正式には【兼任】ってところね。優秀な部下もいるし、ノープロブレムよ。今の、あんたのお肌に比べたらね」
化粧で巧みに隠しているが、珠代は肌が荒れているようだった。睡眠不足か。
彼女は何も言わず、さりげなく目を逸らした。
北条が部下の合コンの幹事を請け負ったのも事実だが、あれこれ名目をつけて沓澤を連れ出したのは、珠代から久しぶりに連絡を受けたからだ。
折り入って相談したいことがある、と。
彼女の兄とは時折、会って一緒に飲んだりすることもある。だが、彼女から直接連絡が来たのは初めてだ。
2人だけで外で会うことはよろしくない。
もしかすると、誰かに見られて何か不穏なことを言われるかもしれない危険がある。
そう考えて北条が下した判断は、この機会を利用することであった。
「それで、相談って何?」
「実は、主人のことで……」
その『主人』は子供の相手で、離れた場所にいる。
なんとなくピンときた。
最近、帰りが遅い。どこか様子がおかしい。
休みの日には朝から晩まで、独りで出かけてしまうことが多い。
……そう切り出されるのだと思っていたが、
「最近、妙な噂を聞いたんです」
「噂?」
その時。どうにかして女性達の攻囲網を突破した和泉が、怒った顔でズンズンとこちらに詰め寄ってくる。
彼の姿を確認した珠代は口を閉じた。
「何なんですか?! 人権侵害ですよ!!」
「ねぇ、そういえば……しばらく会ってないけど、兄貴は元気?」
北条は和泉を綺麗に無視して、珠代に話しかけた。
「パパに言いつけてやるんだからっ!!」
「……悪いけど、アタシの方があんたのパパよりも階級上だから」
「それより、僕の周君はどこですか?」
「知らないわよ」
すると和泉は先ほど周がベンチの上に置いて行った、彼のネクタイとジャケットを自分の鼻に近付けた。
「周君の匂い……こっちだ!!」
こいつ、真正の変態だわ……しかも犬。
こんな変態と知り合いだと思われたくない。北条はできるだけ真面目な表情を作って珠代の方を向き直った。
「ごめんなさいね。それよりさっき言ってた、妙な噂って何?」
すると彼女は何か思い詰めたような顔で、こちらを見つめてくる。
「……あの人が……人を殺したって……その上、未成年の女の子と……」
北条さんは警視、和泉がパパと呼ぶ高岡さんは警部。
警視の方が警部よりも一つ上なんだエビよ。




