黙っていれば普通のイケメンなのに
そうして周と和泉が北条に連れて行かれたのは、包ヶ浦自然公園。
広い敷地内の一画にバーベキューをするスペースがあり、今日は日曜日だからか家族連れや若者のグループなど、とにかく人が多い。
首を巡らせて辺りを見回すと、もうもうと煙が立ち上る向こうで、周も何度か見たことのある顔がちらほら。
男性陣は全員、間違いなく警察官だ。
過去に少しだけ話したことのある人もいるし、あの立派な体格は間違いない、北条の部下だろう。
それとは逆に女性達はまったく知らない顔ばかりだ。
なんというのか、ファッション雑誌から抜け出してきたかのような、着飾った若い女性ばかりである。
女性達は和泉を一目見た途端、はっと顔色を変えた。
それはまるで獲物を見つけた肉食動物のようだった。
「お待たせ!! バツイチで超がつく変人だけど、そこそこの優良物件よ!!」
キャ―――――っ!!!
女性達は目を輝かせ、あっという間に和泉を取り囲むと、次々と質問をぶつけ始めた。
それはさながら電気椅子に座らされ、拷問を受ける罪人の様子である。彼はきっと今そんな気分に違いない。
黙っていればただのイケメン。
それが和泉である。
そう、口を開きさえしなければ。
「……」
呆然としている周の肩を、北条がポンと叩く。
「あんた、好みの子はいないの?」
周は首を横に振った。
「そう言えば、お姉さん大好きなシスコンちゃんだったわね」
シスコンちゃんって……。
「それはそうですけど。その姉も、もう……お嫁に行っちゃったし……」
あ、そうか、と北条は勝手に何かを納得したような顔になった。
「彰ちゃんと既にデキてる訳ね? そういうことだったら早く、皆の前で公表した方がいいわよ?」
「違います!!」
なんでそうなるのか。
「誰が大きな声を出してるのかと思ったら……」
聞き覚えのある声がして、煙の向こうからあらわれたのは、
「沓澤教官……」
「お前もサクラか?」
「え? サクラ……って」
沓澤は、面白くなさそうな顔で無言のままひたすら飲んでいる、ごつくて眼つきの悪い男性陣を見てから言う。
「HRTの奴らの合コンなんだけどな。俺はサクラで連れてこられた。ちなみにあそこにいるのは、俺の嫁さんだ」
あそこ?
周が教官の視線の先を追うと、折りたたみ椅子に腰かけている女性が見えた。誰と話す訳でもなく、ボンヤリと宙を見つめている。
思わず嘘!! と、声が出そうになるのを周は辛うじて堪えた。
若い女性達に比べて地味な格好をしているから目立たなかったけれど、改めて良く見ると、彫の深い、西洋風の顔立ちの美人である。
「……お嫁さんがいるのに、合コンですか?」
「だから言っただろ、サクラだって。俺だって別に、来たくて来たわけじゃない」
「大変ですね」
「まったく、あの人には逆らえないからな……」
「北条警視ですか? わかります」
周がしみじみ言うと、
「本当は、他に予定があったんだがな……」
はて。誰かも似たようなことを言っていなかったか?
その時、周の足に何かが当たった。
何だ? かがんでみると、サッカーボールだった。
ボールを足の裏で止めて持ち主を捜すと、少し離れた場所からこちらをじっと見つめる幼い子供が。
顔を見て即わかった。沓澤の息子だ。
「俺の息子」
わかります、言われなくても。
周はボールを手に持って、笑顔で幼子に近づいた。膝を曲げて視線を合わせる。
「こんにちは」
「……」
人見知りするらしい。困ったような顔をして、黙っている。
「俺、藤江周って言うんだ。君の名前は?」
ぽっ、と頬を赤く染め、少年は助けを求めて視線を彷徨わせる。
「こら、駿!! お名前は? って、聞かれてるだろ?!」
日頃の沓澤を知っている周は、いつもと違って父親の顔をしている彼を、ついめずらしいものを見る眼で見てしまった。
「……沓澤……駿……」
「駿君って言うんだね。お兄ちゃんと一緒に、向こうでサッカーしようか?」
「うん! パパも一緒に!!」
ふと、先日倉橋が言っていたことを周は思い出した。
『沓澤教官って、お前のこと目の敵にしてないか?』
気のせいだろう。
あんな普通の優しい父親の顔をしてる人が。それに、仕事は仕事だ。
仕事とプライベートの区別がつかないのは、今、知らない女性に囲まれて辟易しているあの男ぐらいだろう。
「周くぅうううーんっ!!」
助けを求めて手を伸ばされるが、とりあえず無視。
自力でなんとかしろ。




