おかけになった番号は、現在使用されています。
宮島に到着すると、旅館のマイクロバスが桟橋前に停まっていた。
姉が手配してくれたらしい。
誰が運転してくれているのかと思ったら、義理の兄だった。
桟橋から旅館まで徒歩だと15分ぐらいの距離があり、まして日差しのキツイこの季節に、この心遣いは本当に助かる。
「葵ちゃん、おつかれー。毎日会社で会ってるのに、なんか変な気分だね~」
和泉が運転席の義兄に向けて話しかける。
「……そうですね……」
「予定日、いつだっけ? 葵ちゃんもとうとうパパになるんだね~。おめでとう」
「ありがとう……ございます」
周は黙っていた。
おめでたいことだとわかっていてもやっぱり、なんとなく面白くない。
車一台がようやく通れる狭い山道をバスは走る。旅館に到着するが、今日はすぐ裏にある姉の実家の方に来てくれと言われているので、その通りにした。
チャイムを押すと、ドアの向こうからにゃ~ん、と猫の鳴き声が。
解錠の音と共に扉が開く。
たたっ、と中から懐かしい三毛猫と茶トラが飛び出してくる。
抱き上げようと咄嗟にしゃがんで腕を伸ばした周だったが、二匹とも傍を通り抜け、後ろに立っている和泉の足元にまとわりつく。
「……」
「周君……」
仕事を抜けてきたのであろう姉の美咲は、和服姿で出迎えてくれた。
「姉さん、ただいま」
「おかえりなさい。和泉さんもいらしてくださって、ありがとうございます」
相変わらず綺麗だ。
人妻になっても、妊婦になっても。
「周君、学校はどう?」
周は彼女に心配させないよう、なるべくネガティブなことは言わないで、良かったと思えたことだけを選んで話した。和泉の耳もある。
黙って聞いていた彼女は、最後に微笑んで言った。
「元気そうで本当によかったわ……」
周は姉のお腹の辺りを見た。
「姉さんこそ、調子は?」
「何も問題ないわよ。私、健康だけが取り柄だから」
「……触ってもいい……?」
「もちろん。周君が撫でてくれたら、この子たちも喜ぶわ」
この子『たち』?
「あ、実はね……双子らしいのよ」
へぇ~、と周は手を伸ばした。
まだそれほど膨らんでいる感じはしない。その時だった。
姉の帯に挿してある携帯電話が震える。
「はい。わかりました、すぐに行きます」
ごめんね、と彼女は立ち上がる。
「お昼は、一緒に食べて行けるでしょ? 今日はゆっくりして行ってね」
うん、と返事をしてから周は猫の名前を呼んだ。
「メイ、久しぶりに俺にもモフらせろよ」
和泉の膝の上を陣取っていた茶トラはしかし、耳をぴくりとさせただけで、シカトを決め込む。
もう一匹の三毛猫は先ほど、姉と同時に部屋を出て行ってしまった。
ぷぷっ、と和泉が笑いだし、周は彼を睨んだ。
「周君とそっくりだね」
「……何が?」
「ツンデレなとこ」
「俺がいつデレたよ?!」
「……それは、言ってもいいのかなぁ……?」
ニヤリ。
「僕、何月何日の何時何分だったかまで、正確に覚えてるよ?」
「い、いい! やめろ!!」
その時、和泉の携帯電話が震えた。
まさか事件発生だろうか。
彼は神妙な顔をして、着信ボタンを押す。
『はぁ~い、彰ちゃん!!』
周にも聞こえるほどの大きな声で、元気よく飛び出してきたのは、ここのところ毎日聞いている声。
『藤江周、あんたもそこにいるでしょ?!』
名前を呼ばれた周はびくっ、と震えた。
「おかけになった電話番号は現在……」
和泉は今さら寒いことを言ってお茶を濁そうとしているが、
『実はアタシ達、今包ヶ浦自然公園にいるのよ~。今から迎えに行くから、ちょっと待ってて!!』
「はい……?!」
周と和泉は顔を見合わせた。
包ヶ浦自然公園とは、観光名所である厳島神社からは離れた場所にあるが、キャンプやバーベキュー、夏には海水浴などが楽しめる場所である。
広島市民はたいてい、レジャーと言うとここを利用する。
しばらくして、玄関先に北条雪村の姿が。
「やっほー!!」
「……なんで……?」
「なんでも何も今、合コンの真っ最中よ。男どもはほとんどしゃべらないし、女達は全員ものすごい猫かぶりだし、何かイマイチ場が盛り上がらなくて、何か起爆剤でもないかな~って思ってたら、近くで聞き慣れた声が聞こえるじゃない? 場所を宮島に選んだのは正解だったわ~」
「近くって……え……?」
「ここでイケメン2人を同時に投入したら、きっと大騒ぎよね」
「ちょっと、どこ連れて行くつもりで……?!」
周の叫びも虚しく、
「じゃあ、行くわよ。彰ちゃん、あんたもね。バツがついて久しいでしょ? いっそのことこの機会にさっさと再婚相手を見つけて、大好きなパパを安心させてあげなさい」
「離せーっ、このオカマ―っ!!! ぎゃー、ごめんなさーいっ!!!」
この人に力で勝てるなどと考えてはいけない。
周は黙って彼に抱き上げられ、大人しくしていた。




