テンションMAX・変態度UP!!
≪日曜日≫
広島駅前で、午前10時半。
周は少し早めに来て、駅ビルで手土産を買っておいて和泉を待っていた。
幸いなことに、緊急事態が発生することはなく、約束通り一緒に宮島へ行けそうだ。
約束の時間5分前。和泉はまだ来ていない。
一人でぼんやりしていると、ふと過去の記憶が甦ってくる。
あれは確か今年の春のことだ。
県警への就職が決まり、入校式まで残すところ1週間という余裕のある時期だった。
突然、今日デートしようよ、という和泉からの不穏な誘いに乗って出かけた時。
愛車は車検に出しているから、電車で出かけようと言われてその時もやはり、広島駅前で待ち合わせをした。
当時、和泉はようやく居候の身分を脱し、一人暮らしを始めて間もない頃だった。
約束の時間まであと3分、そろそろかな……と思った時。
いきなり背後から和泉に抱きつかれた。
『周くぅ~ん!! 2ヶ月と25日ぶりだね、会いたかったよ~!!』
確かその当時、山口・岡山の両県をまたいだ大規模な連続殺人事件が起きていて、和泉達がずっと捜査本部に詰めていたことを覚えている。
デートの誘いがあったのはその事件が解決して、約2週間ほど後の話だ。
顔を合わせていない時間をいちいち正確に覚えているのも正直怖いと思ったが、人目の多い場所で抱きつかれたことも鳥肌ものだった。
恥ずかしい!!
今でも思い出すと顔が赤くなってしまう。
そしてふと、考えてみる。
入校してから今日に至るまで、3か月は経過している。
もしもあの時みたいに和泉が背後から抱きついてきたら、最近ようやく覚えた背負い投げ、だ。
そんな訳で周は背後の方に全神経を集中させ、身構えていた。
しかしその時。
案に相違して、周は和泉が正面から物凄い勢いでこちらに走り寄ってくることに気づいた。
「周君!!」
むぎゅーっ!!
「会いたかった、会いたかったよ!! ものすごく!! 3か月と21日15時間37分24秒ぶりだね?!」
通りすがりの人々の視線が痛い。
とりあえず周は踵に全体重をかけて、無遠慮に抱きついてきた男の足の甲を踏みつけた。
「い、痛い……周君、痛いって……」
「だろうな」
やっとのことで離れてくれた和泉だったが、
「ねぇ、周君。会えない間、ちゃんと無事だった? 変態に抱きつかれたり、妙なところ触られたり、セクハラ被害に遭ったりしなかった?!」
「……今、俺の目の前にいるあんたがその加害者じゃねぇか」
しかし和泉はまるで聞いていない様子で、
「元気だった? スーツ姿もイケメンだね、マイハニー周君」
かくいう和泉だって休みの日だというのに、いつも通りのスーツにネクタイ姿で決めている。こちらは学校の規定で、帰省の際も仕方なくスーツを着ているのだが。
「和泉さんこそ、なんで休みの日にスーツなんだよ?」
言ってからしまった、余計なことを、と周は口を手で抑えた。
「だって、周君のお姉さん……僕にとっては将来、義理の姉になる人に会いにいくのに普通の服装じゃ失礼でしょ? それにしてもやっぱり、ご家族への挨拶って緊張するよね~……弟さんを僕にくださいって、言うのがいいのか、それとも他にもっといいフレーズがあるか……ねぇ、周君、待って!!」
周はくだらないことを言い出す奴を無視し、さっさと路面電車の駅に向かう。
「周君ってば」
「……なんだよ」
「手、つないでいい?」
「……逆に訊くけど、いいって答えると思うか?」
「思う」と、和泉は真顔である。
「……ハンカチで手元を隠すんならな」
「それ、やだ……」
「だったらあきらめろ」
宮島口まではJRか路面電車かを選べるのだが、料金の安さという点でつい、時間がかかっても広電を選択してしまう。
日曜日だから、電車は観光客で大混雑だった。
紙屋町で目の前の席が空いたので腰かけると、途端にものすごい眠気に襲われる。
昨夜は徹夜だったのだから無理もない。
「起こしてあげるから、寝てていいよ」
「手、握るなよ?」
「……」
まぁ、寝てる間だけは許してやってもいいか。ただし、ハンカチつきだが。