練習用交番の当番、略して【練交当番】
略語は成宮作ですよ、ええ……。
≪土曜日≫
警察学校ではありとあらゆる【当番】が回ってくる。
【練習用交番】もその一つである。
文字通り模擬交番が敷地内に建てられており、交番勤務を疑似体験する。庁舎内外の警らをしたり、正門立番をしたりと意外に忙しい。
2人1組の班分けで、合計2班が交代で裏門の立ち番、敷地内の見回り、そして模擬交番に詰めている。
その日、土曜日の夜は周と上村が組んで当番だった。
前に組んだ相方は話好きな男で、教官達の眼がないのをいいことに、どうでもいい話をペラペラとよく喋ったものだ。
その点、上村は無言だから助かる。
模擬交番の中、椅子に腰かけていた周は何度目かの欠伸を噛み殺しつつ、来週の小テストの勉強をしていた。
一人前の警察官になるにはいくつも覚えなければならない法律がある。
暗記するのはそれほど苦痛ではないけれど、週中の疲れが溜まっている夜には、なかなか集中できない。
そんな周の横で、ブツブツ何か言っている小さな声が聞こえた。
上村は参考書を手に何かを覚えている様子だ。
本当に、熱心だといつも思う。
体育系の授業はかなり難ありだが、優等生の鑑というか、とにかくソツがない。臨時講師でやってくる外部者達からはすこぶる評判がいい。
ただ、同時にいつも不思議なのは、彼が警察官を目指した動機だ。
一度は訊いてみたい。
「交代だぞ」
外回りから帰ってきた別のコンビから声を掛けられて、周は顔を上げる。
「お疲れ様です」
時計を確認する。午後9時少し前だ。
周は立ち上がって上村の姿を探した。見当たらない。
不思議に思って再度まわりを見回すと、彼は既に交番の外へ出ていた。
「……遅い」
一言ぐらいこっちへ声かけろよ、と周は思ったがとりあえず黙っておく。どうせ言ったって無駄だ。
暗い敷地内を、懐中電灯片手に歩き回る。
今日は土曜日だから基本的に学校は休みだ。ほとんどの生徒は帰省したり、出かけたりしていて、寮に残っている者は少ない。
人気のない学校と言うのはどうにも不気味だ。
その上、先日耳にした幽霊騒ぎのこともある。
なんでも壁に消えないシミが残っているとか、そんな話も聞かされたものだから余計に。
「なぁ、上村……」
黙っているのが苦痛で、周は思い切って相棒に話しかけた。
「そう言えばホントは今回、俺と一ノ関が組むはずだったのに、なんでお前なの?」
確か当番表では相方は彼ではなく、一ノ関だったことを思い出した。
「代わって欲しいと頼まれた」
ふぅん、でいったん会話は終了。
もっと他に何か話題はないか、話題……黙っているのはどうにも苦痛だ。そうだ!!
「上村はさぁ、なんで警察官になろうと思ったんだ?」
案の定だが返事はない。
別にお前のせいでいろいろ罰則が厳しいとか、そのことで恨んでないとか、いろいろと浮かんだ続く
言葉はどれも不適切な気がして、結局周は口を噤んでしまった。
「人に訊ねる前に、自分が話したらどうなんだ」
思いがけない答えが返ってきた。
「俺は……どうしても追いつきたい人がいて……」
すると上村はふん、と鼻を鳴らした。
「ただの憧れか。そういう動機の人間は大抵、途中で辞めていくな」
カチン。
「俺は!! 俺は、何度も警察の人に助けられた。そのことに心底感謝してるから、だから俺も少しでも役に立ちたいって……そういう自分はどうなんだよ?!」
暗がりの中でも、上村の表情が強張ったのが空気で何となく感じられた。
「僕には……」
学生寮の女子寮側にやってきた。
男子生徒に比べて圧倒的に人数は少ないが、周達の同期でまだ脱落した生徒はいない。
意外に女性の方が強く、折れない心を持っているのかもしれない。
「どうしても許せない奴がいる」
そういうの【私情】って言わないか?
などと思ったけれど、口にするのはやめた。
しかも抽象的かつ、やや意味不明である。が、とりあえずは彼が答えてくれたということに敬意を表して沈黙……いや。
「へぇ」
再び、会話終了。




