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木曜日の憂鬱

 日曜日の合コンは、全部で何人来るんだったかしら?


 木曜日の夕方。

 すべてのカリキュラムを終え、教官室に向かいつつ北条が頭の中で休日の予定をあれこれ考えながら廊下を歩いていると、すれ違う学生達が疲れた表情で挨拶してくる。


 あと一日頑張れば週末、というこの曜日はけっこう気分が重くなるものだ。


 そんな中、曲がり角の向こうから学生同士の会話が漏れ聞こえた。


「……それって、304号室だっけ?」

「違うって、俺は第2教場だって聞いたぜ?」

「嘘つけ、出るのは寮の方だって言ってたぞ?」


 最近、学生達の間で妙な噂話が広まっているらしい。

 名付けて【204号室の幽霊騒ぎ】


 何年か前、授業についていけず、屋上から飛び降り自殺をした巡査がいた。彼が使っていたのは204号室。


 その事件については北条も知っている。

 バカバカしいと思ったが、ただでさえ締め付けの厳しいこの場所で、少しぐらいの息抜きや共通の話題があってもいい。


 そう思って大目に見ていたが……。


 自席に着いてしばらくすると、担当する教場の生徒が入ってきた。


「失礼いたします、明日の教場当番、一ノ関であります!!」

 教場当番に当たると、翌日の授業で使うものなどを前日に聴取しておいて、用意しておく必要がある。


 北条はいろいろと指示を出したが、どうも相手は少しボンヤリしているようだ。

 顔色が悪い。


 教官と呼ばれる警察官達は、体育会系ゆえにたいてい、こう言う時にはすかさず大声で怒鳴りつけるものだが、そういうのは品が良くないので好きではない。

 それなので、声より先に手を出してしまうのが北条雪村という人間である。


 北条は片手だけで学生の頭をつかんだ。

「……聞いてた?」

「も、申し訳ありません!! もう一度、お願いしますっ!!」


 聞いてなかったわね。

 仕方ないのでもう一度、繰り返す。今度は必死でメモをとっていた。


 短い期間だが、北条は自分の受け持つ教場の学生達を一通り観察して、自分なりの評価をしている。


 一ノ関の場合は可もなし不可もなし、といったところだろう。

 ものすごく熱心という訳でもなければ不真面目という訳でもない。まわりに流されやすく、長いものに巻かれたがるタイプだ。


 こう言うタイプはトップに立たず、そのすぐ下に追随するのが常か。

 実際今も、あの自分大好き男、寺尾にくっついている。


 そう言えば。急に思い出したが、件の204号室は、今目の前にいる彼が使っているのだった。


 今日は当直である。

 時間に余裕のある北条は、なんとなく彼に話しかけてみることにした。


「ねぇ、あんたの部屋って本当に出るの?」


 え? と、一ノ関は外国語で話しかけられたかのような表情をする。


「204号室でしょ? 今、話題の」

「ああ……」

「で、どうなの?」

「妙な噂になっていますが、別に普通の部屋です。今のところ、金縛りにあったこともなければ、枕元に誰かが立っていたこともありません」


 おかしくなって北条は声を出して笑った。

「そうよね。誰が言い出したのか知らないけど、若い子ってそういう話題が好きよね」

「……」


挿絵(By みてみん)


「もう、戻っていいわよ」

 まだしなければならない事務作業がある。北条がパソコンに向かおうとした時、

「あの……北条教官!!」


 驚いて一ノ関の方を向く。

 しかし彼は呼んでおきながら、今になって話そうかどうしようか悩んでいる様子だ。


「何よ?」

「え……その……」


「ハッキリしなさい!! 男でしょ?!」

 少し大きな声を出すと、はいっ!! と彼は背筋を伸ばす。


「ご多忙と存じますが、少しだけご相談したいことがありますっ!!」

「相談……?」


 その表情を見る限り、くだらない内容ではないことが一目瞭然だった。


「そうね、乗ってあげてもいいけど。今週はちょっと予定が詰まってるから……来週でもいいかしら?」


 はいっ!!


 一ノ関は元気よく返事をし、敬礼して見せると、急いで踵を返した。


 相変わらずこの学校では、命令にしろ了承の返事にしろ、とにかく語尾に小さな「つ」がつくものだ……北条はそんなことを考えながら彼の後ろ姿を見送った。

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