定期的生存報告
洗濯物を干し終え、課題を済ませたその時、周は迷わず食堂に向かった。
消灯時間まであまり余裕がない。
今となっては唯一の肉親となってしまった、姉の美咲に電話をかけるという、週に一度の大切な習慣のために。
寮の食堂の片隅には、最近街中では滅多に見かけなくなった公衆電話が置かれている。
この県警では週末になるまでは携帯電話、スマートフォンの一切が取り上げられている。
今時テレフォンカードを利用する人間なんて、せいぜいここの生徒ぐらいだろう。
姉からは、定時連絡をするよう言われている。
宮島で温泉旅館を経営している家の娘で、今や若女将の地位にある姉は、とにかく心配性というか、毎週必ず決まった曜日に電話で近況を報告しないと泣いてしまうのだ。
周だって疲れきって甘えたい時、迷わず彼女に電話したいのだが、向こうも忙しいことを知っているのでつい遠慮してしまうのである。
かつてある週に、一度だけ忙しさのあまり連絡し損ねてしまい、次の日の夜に慌てて電話をしたら涙声で叱られてしまった。
姉は弟のことを片時も忘れないのだ。
呼び出し音が3回目になる前、コインの落ちる音で、周は電話がつながったことを知る。
「……あ、姉さん?」
『周君!! そっちの様子はどう? 身体は大丈夫なの? それと……』
後ろに人の気配を感じた周は、まくしたてるように何か話しかけた彼女を遮り、
「今度の日曜日、そっちに行くからさ。その時にゆっくり話そう?」
実はつい先日、姉のお腹に新しい命が宿ったと聞いた。
見舞いというのもおかしな表現かもしれないが、様子を見に行こうと思っていた。
土曜日は当番があって学校を出られないので、日曜日を選んだ。
先ほど周が陽菜乃の誘いを断ったのは、そういう事情だった。
『ええ、楽しみに待っているわね。あ、そうだ……和泉さんもちょうどその日にこっちへ来てくださるって仰ってたの。周君、和泉さんと2人で一緒に来たらいいじゃない?』
「え、そうなの?!」
『そうよ、和泉さんに電話してみたら?』
そうする、と周は受話器を置いた。
そう言えばけっこう長い間、和泉と連絡を取っていない。
気にはしていたが時間的に余裕がなかったのも確かだ。
和泉の番号を書いたメモは自分の部屋に置いてある。周は一度自分の部屋に戻って、メモをとってきて再度食堂に戻った。
幸い、電話機は空いていた。
メモ書きを見ながら、慎重にボタンを押す。すぐつながった。
『……周君?!』
久しぶりに聞く和泉の声。
「よぉ、元気? あのさ……」
『……』
「……?」
『……忙しいだろうから、こっちからかけたら悪いと思って、いつ、周君が電話してくれるかって……僕、ずっと待ってたんだよ……?』
ぐすん。
「……ごめんなさい……」
『すっごく会いたかったし、せめて声だけでもって、ずっと思ってたのに……』
「いや、その……お礼も言いたかったし、話したいことはいろいろあったんだけど、なかなか……」
『ううぅ……周く~ん……』
まさか、本当に泣いているのだろうか?
わからない。あの男は顔で泣いて、腹で笑っているタイプだ。
「あ、そうだ。今度の日曜日、うちの姉さんところに行くって話はほんと? 実は俺も同じ日に向こうへ行こうと思ってて……」
『ホントだよ。たまには美咲さんの顔を見たいな、と思ってたところで……今度の日曜に宮島へ行く約束したんだ。ちょうど良かった! 周君、一緒に行こうよ』
「そうする!!」
と、いうことで待ち合わせの場所と時間を決めた。
「じゃあ、日曜にね」
周が電話を切ろうと思った時、
『……そうだ!! あの変態オカマ警視、そっちにいるんでしょ?!』
誰のことだ? と、思ったのは一瞬で。
「う、うん……」
『何か変なことされてない?!』
今日、柔道の授業の際、押し倒されて腹の上に乗っかられたとか言ったら、どんな反応があるのだろうか。
その時。急に頭上が暗くなったと思ったら、にゅっ、と背後から伸びてきた太くて逞しい腕が、周の手から受話器を取り上げる。
「誰が変態でオカマですって……?」
あーあ……。
振り返ると、北条が笑顔を浮かべて後ろに立っていた。
「今度会ったら、覚えておきなさいよ?」
はい、と受話器を渡される。
『……ど、どうしよう……?』
「自業自得だろ、じゃあな」
『待ってぇえええー、周くーんっっ!!!』
がちゃ。
振り返るとなぜかまだ、北条がすぐ後ろに立っていた。
「何。日曜日、宮島に行くの……?」
「え? ええ、はい……」
「そう、宮島にね」
北条は意味深な笑いを浮かべて、スタスタと去って行った。