正統派ヒロイン登場……だと思う。
夕食が終わった後は、交代で入浴。
この後が本当に自由時間だが、ほとんどの生徒はのんびり過ごしたりはしない。
周はまず洗濯室に向かい、洗濯機を回してから図書室に向かった。
先日課せられた宿題を片付ける為である。
『逮捕した被疑者について、留置の要否を判断するにあたり、どのような点に留意すべきか―――』
予習していたので頭には入っていたはずだった。
それなのに、思い出せなかった。
誰も助けてなどくれない。
結局、教官から出されたペナルティは答えられなかった質問についてレポートにまとめておけ、ということだ。
国語は特別苦手でもないが、文章をまとめると言うのはなかなか大変だ。
ああでもない、こうでもない、と試行錯誤をしていると、ふと向かいに誰かが腰かけたことに気付いた。
図書室には他にもいくらか座る場所があるはずだ。
「こないだのペナルティやってるの?」
独特の甲高い声。
宇佐美梢かと思って、周はつい顔をしかめてしまった。しかしそうではなく、目の前に前かがみに立っていたのは、同じ教場仲間である水城陽菜乃だった。
いつもテンション高めで、文字どおりではないにしても、常にぴょんぴょん跳ねているイメージのある彼女。
くりっとした大きな眼と、形の整った鼻と唇がバランスよく配置されている。やや童顔で、彼女のことを可愛いよな、という男子学生は多い。
そうかと言って、他の女子達から疎まれるようなこともない。
それというのも、その持前の明るさと元気の良さで、常に周囲を励まし続けているからだ。
その点はいつもすごい、と周は思う。
ただ今は。彼女にかまっている暇はない。
邪魔しないでくれ、という意味を込めて「まぁな」周は返事をする。
しかし相手に伝わった様子はなく、陽菜乃は突然関係のない話題を振ってくる。
「藤江君って今度の週末、何か予定ある?」
今週末の予定を頭の中で思いめぐらしてみる。
大切な用事があったことを思い出す。
「ああ、ちょっとな」
「えー、どこかへ行くの?」
周が返事をしないでいると、陽菜乃は沈んだ様子を見せる。
「……私なんて、せっかくの友達との約束がキャンセルになっちゃったんだよ? 藤江君に予定がないなら、一緒に映画でも見に行こうって言おうと思ったのになぁ……」
「俺は代わりかよ」
別に何とも思わないが。
「そ、そんなんじゃないよ!!」
陽菜乃はなぜか、ひどく慌てた様子で大げさに手を振る。
「あいつ誘ってやったら? 寺尾」
寺尾が彼女に好意を持っているのは周も知っている。
二人とも同じ高校の出身で、実にその頃からの【既成事実】らしい。
ただ陽菜乃の方は、かたくなに拒み続けているそうだが。
周が冗談のつもりで言ったことに、陽菜乃は心底嫌そうな顔をしてみせた。
「あ、悪い……」
「本気で悪いと思ってるんなら」
と、彼女はなぜか後ろを振り向いた。
その視線の先にいたのは、やはり教場仲間の亘理玲子だった。
彼女もまた何か課題をこなしているのか、参考書を片手にノートに書き込んでいる。
予習復習に加え、制服のアイロンがけ、出された課題をこなすこと。そういった細々とした【責務】をこなすため、ほとんどの女子学生が実益を取捨選択し、乾く時間の早さを考慮して髪を短く切り揃えている中、彼女だけは意固地にロングヘアを保っている。
日頃はめったに自分から発言しないし、成績も目立って良くもなければ悪くもない。
一言で言えば地味。
「一度でいいから、玲子と上村君のデートをお膳立てしてあげてよ」
陽菜乃と親しい亘理玲子が、上村に好意を寄せているのはこれまた、周知済みである。
周に言わせれば『警察学校に何をしに来たんだ』と言いたいところだが、恋愛は自由だ。
「っていうか、なんで俺? 別に俺、あいつと親しい訳じゃないけど」
「そう? でも上村君って、唯一藤江君のことだけは認めてるって感じがするけどなぁ」
それはつまり、他の仲間達のことは見下しているということか。
「今年のエースは藤江巡査か、上村巡査かって、みんな噂してるよ?」
噂なんかどうでもいい。
周が黙っていると、
「かくいう私達女子の間ではね、藤江君のファンと上村君のファンで二つに分かれているんだから。ただ上村君は……武術って言う面ではね……」
集中できない。場所を変えよう。
そろそろ洗濯物も終わった頃だろうし。
周が立ち上がると、これ以上は引き留められないと思ったらしい。
「ジャマしてごめんね」と、陽菜乃も同じく席を立つ。
察しの良さと、素直さいう点で、宇佐美梢も少しは彼女を見倣った方がいい。




